『君たちはどう生きるか』と2010年以降のジブリ作品の関係 共通する“家族の肖像”と“死”

『君たちはどう生きるか』が描く家族と死

主人公像の変化と「死」のイメージ

 ただ、もちろん、本作はそうした82歳の老巨匠が人生の黄昏に作った懐古的/回帰的な物語というだけではない。一方で、ここ10年ほどの、特に宮﨑自身が関わったジブリ作品との関連からも興味深い設定や細部を垣間見せている。

 そのひとつが、主人公・眞人のキャラクターと、彼が住むことになるお屋敷や洋館の周囲の情景だ。眞人は亡母を思い見知らぬ環境で戸惑う前半部分はもちろん、ヒミやアオサギ(声:菅田将暉)とともに冒険に向かう後半部分も含めて、コナンやパズー、トンボといった、これまでの宮﨑アニメの少年(子ども)キャラクターに比較すると、全体的に落ち着いていて、冷めた印象を与える。もちろん、クライマックスで、大叔父様と石をめぐって対峙する時には、いつもの宮﨑アニメらしく、ハキハキと喋る活発なキャラクターに描かれるのだが、ラストが戦後になってより成長した姿で終わることもあり、総じて静かで大人びた印象を与えるのだ。この印象は、本作でもコンビを組んだ久石譲の、しかしこれまでの宮﨑アニメとはかなり異なる、ピアノとストリングスによる静謐で透明度の高い音楽によっても強められている。

『崖の上のポニョ』©2008 Studio Ghibli・NDHDMT

 あるいは、この印象は、本作の物語後半に立ち込める濃厚な「死」のイメージとも共鳴しているだろう。宮﨑のフィルモグラフィから見ると、老婆になったり若返ったりする主人公の姿を通じて「老い」の問題と向き合った『ハウルの動く城』(2004年)を経て、『崖の上のポニョ』(2008年)あたりから、60代を過ぎた宮﨑の作品には自伝的要素とともに「死」のイメージが横溢し始める。続く『風立ちぬ』を作った当時の72歳、そして今回の『君たちはどう生きるか』が公開された時点での82歳という宮﨑の年齢は、まったくの偶然であることはいうまでもないが、それぞれ司馬遼太郎と高畑勲という、彼が長らく敬愛し、人生で大きな影響を受けてきた先達や盟友の没年でもあり、当然ながら自らの死をも意識せざるを得ない状況が物語に反映されている可能性は大いにある。

2010年代のジブリアニメとの結びつき

『借りぐらしのアリエッティ』©2010 Studio Ghibli・NDHDMTW

 ともあれ、ここで想起されるのが、近年、具体的には2010年代以降にジブリが描いてきた同じような子どものキャラクターとの類似性である。例えば、宮﨑が企画・美術設定のほか、丹羽圭子と共同で脚本を手掛けた米林宏昌監督『借りぐらしのアリエッティ』(2010年)の翔。あるいは、宮﨑はまったく関わっていないが、同じ米林監督の『思い出のマーニー』(2014年/以下『マーニー』)の主人公・杏奈。いずれも病弱だという設定もあるけれども、基本的にやはり大人しく淡々としていて、今回の眞人とよく似ている。

 また率直にいえば、『君たちはどう生きるか』の前半の物語世界や風景は、多分にこの『マーニー』を彷彿とさせる要素がある(ちなみに、『マーニー』の監督の米林も、『君たちはどう生きるか』の原画の主要スタッフで参加している)。『君たちはどう生きるか』の洋館の外装や内部空間は、すでに指摘がある通り、2015年に宮﨑が(ジブリ美術館での展示も兼ねて)カラー口絵を手掛けた江戸川乱歩の翻案小説『幽霊塔』(岩波書店)のイメージをなぞっていることは確かだろうけれども、あの屋敷や洋館の周囲に広がる蓮の咲く湖やアオサギが舞い降りる湿地帯は、『マーニー』の、北海道や軽井沢の湿地をモデルとした「湿っ地屋敷」周辺の風景ときわめてよく似ている。『マーニー』との共通点はそれだけではない。『マーニー』の原作はイギリスの作家ジョーン・G・ロビンソンの児童文学だが、イングランド・ノーフォーク州の湿地帯を現代日本に舞台を置き換えている。他方、すでにあちこちで言われているように、『君たちはどう生きるか』の着想源のひとつと言われるのが、アイルランドの作家ジョン・コナリーの『失われたものたちの本』(2006年)だが、プロデューサーの鈴木敏夫が『ジブリの文学』の「あとがき」で明らかにしているように、これも宮﨑の提案で舞台を日本に置き換えているのだ。

『思い出のマーニー』©2014 Studio Ghibli・NDHDMTK

 この原稿では詳述できないので別稿を期したいが、ここには、古くは『ラピュタ』あたりから、『ハウルの動く城』、(夏目漱石への関心とも紐づいた)『崖の上のポニョ』へといたる宮﨑の「イギリス的なもの」への関心が横たわっているのかもしれない(この「イギリス的なもの」への志向は、『アーヤと魔女』や、『メアリと魔女の花』(2017年)や『屋根裏のラジャー』(2023年)のスタジオポノック作品にも継承されている)。ともあれ、そう捉えると、作中で夏子が眞人に対して放つ「お前なんて大嫌い!」という台詞は、『マーニー』のキャッチコピーのひとつ、「あなたのことが大すき。」の反転形ともみなせるように思う。

 以上のように、『君たちはどう生きるか』は、作家の後期作品にふさわしい、ここ最近の宮﨑アニメに見られる懐古調/自己回帰の要素が濃密に見られると同時に、ジブリの次世代スタッフが作った近年の作品群との共通性もどこか感じさせるみずみずしい要素も多分に持っている。それゆえに、『君たちはどう生きるか』は、この10年の宮﨑アニメ、ジブリアニメの特徴を受け継いだ作品にもなっていると言えるのだ。

 最後に、本作における階段シーンについても言及して締めたい。本作では特に前半、登場人物が階段を昇降するシーンが立て続けに登場する。「階段」といえば、古くは『トトロ』のまっくろくろすけのいる屋根裏に通じる急勾配の階段、そしてなんといっても『ハウルの動く城』におけるソフィーと荒地の魔女が昇るあの印象的な大階段など、宮﨑アニメを象徴する舞台装置である。今回の階段シーンも素晴らしい。その作家的符牒が刻まれた『君たちはどう生きるか』は、紛れもなく正真正銘の「宮﨑アニメ」になっていた。

■公開情報
『君たちはどう生きるか』
全国公開中
原作・脚本・監督:宮﨑駿
主題歌:米津玄師「地球儀」
製作:スタジオジブリ
配給:東宝
©2023 Studio Ghibli

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「作品評」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる