『君たちはどう生きるか』には宮﨑駿の“ジブリでの全て”が詰まっている【ネタバレあり】

『君たちはどう生きるか』宮﨑駿の“到達点”

 吉野源三郎の小説からタイトルを借りる一方で、この映画にはストーリー面で影響を受けた作品があるようだ。それがジョン・コナリーの『失われたものたちの本』(田内志文訳、創元推理文庫)だ。

 母親を病気で失ったデイヴィッドという少年は、父親の再婚に伴いローズという名の継母と暮らし始める。ローズの家には本でいっぱいの古い部屋があって、その持ち主だったジョナサンという人物はある日忽然と消えてしまったという。そしてデイヴィッド自身も、飛行機が墜落して来て炎上した際に異世界へと飛ばされてしまい、そこで木こりと出会って落ち着きを取り戻したあと、元の世界へと戻るための冒険に向かう。

 こう聞くと、『君たちはどう生きるか』のストーリーに通じる部分が感じられる。木こりはキリコで、デイヴィッドを惑わすねじくれ男はアオサギとして眞人の前に現れたともとれる。どうして似ているのか。『君たちはどう生きるか』でもプロデューサーを務めた鈴木敏夫の責任編集で刊行された『スタジオジブリ物語』(集英社新書)の第24章「宮﨑駿82歳の新たな挑戦『君たちはどう生きるか』」の中に、興味深い記述がある。

「宮さんが一冊の本をぼくに提示した。『読んでみて下さい』。アイルランド人が書いた児童文学だった」(『スタジオジブリ物語』)

 この児童文学に刺激を受けて作られたのが『君たちはどう生きるか』という映画だ。そこでは具体的な書名は挙げられていなかったが、どうやら『失われたものたちの本』ではないかといった推測が出回った。何よりこの本の帯に、宮﨑駿監督自身が推薦文を寄せていた。

 ただし、「この本には刺激を受けたけど原作にはしない。オリジナルで作る。そして、舞台は日本にする」ともあるように、舞台はイギリスではなく日本となり、眞人が異世界へと向かう動機にも独自の状況が乗った。宮﨑吾朗監督の『ゲド戦記』で、アーシュラ・K・ル=グウィンの原作に、宮﨑駿監督の絵物語『シュナの旅』を取り込んだスタジオジブリの作品らしいミクスチャーだ。

 なおかつ宮﨑駿監督を筆頭に、作画監督の本田雄をはじめとしたすご腕のアニメーターがずらりと並んで描きあげた、動きも絶妙なら表情も豊かな人物の描写がある。武重洋二らジブリ作品と関わりの深い背景美術のエキスパートが作り上げた、想像を絶する風景描写がある。ジブリ作品には欠かせない久石譲の音楽も、壮大なテーマをオーケストラによって鳴らして物語を包み込むのではなく、ピアノの旋律を物語に添えるように奏でて観客を映画の世界に浸らせる。

 映画『君たちはどう生きるか』には、あらゆる感覚を駆使して味わうアニメーションならではの醍醐味がある。だから映画館で観ることが重要で、観れば確実に宮﨑駿監督の現時点での到達点を感じられる。そんな作品だ。

 気になるのはその先だが、この映画からは宮﨑駿監督が82歳にして物語を紡ぐことに貪欲で、愛らしかったり強かったり憎々しげだったりと多彩なキャラクターを描くことに飽いたところがないように見える。きっとまた何か面白い本を読んだといって、映画にしたがるに違いない。

宮﨑駿の映画は何を伝えようとしてきたのか? 第1回『ナウシカ』から『トトロ』まで

「やっぱり基本的に、ものすごくみんな真面目に『自分はどういうふうに生きていったらいいんだろう?』ってふうに子供たちが思ってる…

■公開情報
『君たちはどう生きるか』
全国公開中
原作・脚本・監督:宮﨑駿
製作:スタジオジブリ
主題歌:米津玄師
©2023 Studio Ghibli

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