坂元裕二が『怪物』に託したのは希望か テレビドラマではない映画だから描けた結末
本作の巧みな構成に感心しつつも、違和感を抱いたのが、依里の父・清高(中村獅童)の描き方だ。彼が依里を虐待をしていた怪物であることは明瞭だが、視点が変わると印象が反転する『怪物』の描写を、簡単に信じていいのかと疑問が残った。
パンフレットによると当初のプロットはもっと長尺だったそうだが、もしかしたら清高の視点から描かれた物語も存在したのかもしれない。そう感じるのは、怪物を生み出したことに苦しむ父親と息子の関係は『それでも、生きてゆく』(フジテレビ系)や『初恋の悪魔』といったドラマで坂元が繰り返し描いてきたモチーフだからだ。
同時に坂元は『カルテット』(TBS系)の来杉有朱(吉岡里帆)や『anone』(日本テレビ系)の中世古理市(永山瑛太)のような、平気で人の嫌がる行動を取ることができる社会性の欠落した恐ろしい人物を敵役として繰り返し登場させてきた。
その筆頭が前述した『それでも、生きてゆく』に登場する殺人衝動を抱えた青年・三崎文哉(風間俊介)なのだが、父親を殺すためにガールズバーに放火した(かもしれない)『怪物』の依里を観ていると、彼もまた坂元が繰り返し描いてきた社会性の欠落した人間になってしまうのではないかと感じた。
これまで、坂元は三崎文哉のような人間を絶対的な他者として描き、何とか理解しようと寄り添ってきたが、常に挫折し途中で描くことを放棄するような苦い結末を描いてきた。それだけ彼らの生を肯定的に描くことは社会的立場のある人間として難しいということなのだが、『怪物』のラストには、これまでとは違う希望のようなものを感じた。
彼らは怪物かもしれないし何らかの罪を犯すかもしれない。しかしそれでも、彼らの生を肯定してあげたいという気持ちが伝わってくる結末だった。
■公開情報
『怪物』
全国公開中
監督・編集:是枝裕和
脚本:坂元裕二
出演:安藤サクラ、永山瑛太、黒川想矢、柊木陽太、高畑充希、角田晃広、中村獅童、田中裕子
企画・プロデュース:川村元気、山田兼司
音楽:坂本龍一
製作:東宝、ギャガ、フジテレビジョン、AOI Pro.、分福
配給:東宝、ギャガ
©2023「怪物」製作委員会
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