『メディア王』サクセッション=継承の物語が終幕 狂騒を見つめることしかできない私たち

『メディア王』最後に映った私たちの姿

 ウェイスター・ロイコの命運を決する役員会を翌日に控え、各陣営は最後の票読みと根回しに総力を挙げていた。ケンダル(ジェレミー・ストロング)陣営はここに来てスチューイ(アリアン・モーイエド)の動きが怪しい。「前回お前についた時は陰毛までコゲた」と言った男である。友情よりも風向きを読んで裏切ることは十分にあり得る。そして肝心要のローマン(キーラン・カルキン)は葬儀の日を最後に行方が知れない。ケンダルの票読みは楽観的で、根拠のない自信に満ちあふれている。

 対するマットソン陣営のシヴ(サラ・スヌーク)は優勢との観測に上機嫌。新聞のコラムには人形のマットソンを操るシヴの風刺画が載っている。そこへ母キャロライン(ハリエット・ウォルター)から電話がかかってくる。カリブに隠遁する彼女の元にローマンが身を寄せているというのだ。かくして決戦の日を前に、ロイ家の3兄妹は思いがけずカリブの夜を過ごすことになる。

 『メディア王~華麗なる一族~(原題:サクセッション)』(以下、『サクセッション』)の特徴的なストーリーテリングの1つに、事件や対立軸を必ずしも次のエピソードへ持ち込まない“伏線のなさ”がある。それは現代の天上人であるロイ家にとってほとんどの出来事が些事であり、激しく口論しようとも翌朝には顔を突き合わせるのが兄妹だからだ。カリブに集った3人は目下の問題について対立するものの、いつも通りに悪態をつき合えば、いつしか兄妹だけが織りなす親密な時間を形成していく。近年『キリング・イヴ/Killing Eve』『最後の決闘裁判』『テッド・ラッソ:破天荒コーチがゆく』など“毒親”を演じ続けているハリエット・ウォルターのキャロラインも、ローガン(ブライアン・コックス)の葬儀を終えてか、険が取れたような印象がある。「会社と別れて新しい人生を始めるの」と子どもたちを諭す彼女の姿勢は母親として一貫している。

 その頃、トム(マシュー・マクファディン)はマットソン(アレクサンダー・スカルスガルド)とのディナーミーティングに臨んでいた。買収合併後の生き残りをかけて自身を売り込むべく、トムはセールスポイントを並べ立てる。「コストを絞って収益を上げる」「ボスに従順」「のみ込みは早いと思う」。巨大企業の重役とは思えない月並みさだが、凡庸こそが彼の美徳。何よりトムはいつ自分が転落し、全てを失うのかと怯え続けている。恐怖を抱えた凡人ほど支配する側にとって与しやすい者はいない。シヴを疎ましく思い始めていたマットソンが必要とするのはビジネスパートナーではなく“表看板”。マットソンは「シヴとヤリたい」とほくそ笑み、「選ぶなら彼女の腹に子を仕込んだ男がいい」とトムと新CEO就任の密約を交わす。さすがのトムもこの下劣さは腹に据えかねた様子だが、何とか呑み込んだ。シヴとの結婚に始まり、シーズン3でのケンダルの乱、3兄妹のクーデター未遂と常に周りを観察し、つく相手を間違えないのがトムの処世術、才能である。その勤勉さは終幕、裏仕事に手を染めるヒューゴー(フィッシャー・スティーヴンス)ではなく、カロリーナ(ダグマーラ・ドミンスク)やジェリー(J・スミス=キャメロン)といった有能なスタッフを身の回りに置くところからも窺える。シーズン4第9話『葬儀と政治』では危篤状態に陥ったローガンの第一発見者であったことが明かされ、トムはまだ息のあった義父に別れの言葉を告げることができたのだと言う。継承はとうの昔に画面の外で行われ、私たちは兄妹ともども知る由などなかったのだ。

 一方で、常につく相手を見誤ってきたのがグレッグ(ニコラス・ブラウン)である。マットソンの裏切りを掴むや臆面もなくケンダルに見返りを求め、シヴが新CEO候補から既に外されているとタレこんだ。反撃を試みる兄妹は、勝つためには三頭体制ではなく、唯一の“王”が必要だと悟る。7歳の時に父から玉座を約束された思い出を語り、自身が新CEOに相応しい理由を並べ立てるケンダルの言い分は一見もっともらしいが、確信的な口ぶりは弟妹たちを置き去りにしている。打算と浅慮、そして家族ゆえの情が入り混じり、弟妹はケンダルに新CEOの“聖別”を与える。キッチンで繰り広げられるやり取りは、おそらくそう長くはなかったであろう彼らの屈託のない幼少期を思わせ、胸が熱くなる。ここから3人が“王都”へと戻る一連のシークエンスはシーズン4に入ってさらに筆が乗るニコラス・ブリテルのスコアによって、これまでになく高揚感に満ちている。

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