『ノック 終末の訪問者』にみるシャマランの作家性 監督にとっての映画づくりの意味とは
また、もともと原作小説にもあった、ゲイのカップルを登場させている点も無視できない部分だ。比較的先進的な国では、同性婚が認められてきてはいるが、まだまだ日本を含め、世界の多くの国で同性婚が認められず、認められている国でさえ偏見がはびこっていることは周知の通りだ。同性愛を国や行政機関が認めることを、家族制度の崩壊であり、“世界の終わり”だとイメージするような偏見も根強い。しかし本作の物語が、同性愛者が世界を救うヒーローになり得る可能性を暗示しているというのは、差別者に対する一種の皮肉だと感じられる部分である。
とはいえ、シャマラン自身がこのメッセージを肯定しつつも、それをメインに置いて強く押し出そうという姿勢があるわけでもないということは、本作の表現から伝わってくる。むしろ本作のなかで焦点になるのは、やはり突拍子もない展開そのものにあるはずである。とにかく意外なストーリーはこびの連続で、数秒先に何が起こるのか分からないという状況が延々と続き、観ている間の緊張感や充実感が維持されているのだ。
そしてそれは、監督自身も同じことなのではないか。観客たちがハラハラしながら、画面に映し出されるものに集中する……それは演出家の側の充実でもあるのだ。ヒッチコックが鑑賞中の観客の心理を思うままに翻弄しコントロールしていたように、シャマラン監督が注力しているのが、まさに鑑賞中の体験そのものにこそあるということが、とくに本作では顕著に感じられる。
『シックスセンス』の大ヒット以降、“どんでん返し”が期待されてきたシャマラン監督について、そういった即物的な点にこだわり過ぎない方がいいのではないかという声は少なくなかった。しかし、前述したように、シャマランの念頭にあるものがサスペンス演出家としての観客の心理コントロールにあったのだとすれば、“どんでん返し”や意外な展開を見せていくことそのものが、シャマラン監督の重要な作家性の一部であることが理解できるのである。
そして、この“どんでん返し”のイメージは、面白いことに“どんでん返し”の無いシャマラン作品にも適用される。“どんでん返し”があるかもしれないという意識が観客にあるために、それが無いこと自体が、ある意味で“どんでん返し”になるのだ。だからこそシャマラン作品は、発表されるごとに物議を醸しながらも、ヒッチコック作品がそうだったように、観客自身も参加できるイベントとしての魅力を獲得しているのである。つまりシャマランは、多くの映画監督のようにヒッチコックを表象的になぞっているのでなく、より本質的な意味で後継の役割を体現しているということなのだ。
しかし、本作はそんなシャマラン作品のなかでも痛烈な部分がある。それは、“人類を救うためという理由があるならば、家族のなかの1人を犠牲にすることが許容され得るのか”という葛藤を描いたことである。
ハリウッドの娯楽映画では、これまで様々な作品で家族の大切さや、家族を守ることが何よりも優先されるという価値観が描かれてきた。それは、観客1人ひとりの個人的感情を揺さぶるとともに、家族で映画を観る人々への、ある種のサービスであったといえる。家族連れの観客に対して、家族の価値を否定するような内容を見せるのは、そもそも得策ではない。
しかし、劇中のレナードらの荒唐無稽な主張が仮に正しいとするなら、ここでは家族を守ることこそが、人類を絶滅させる“悪”になり得る場合があることを描いてしまっているのである。この点こそが、本作の突出してスリリングな部分だろう。だが、ここではその葛藤を、やはり家族の幸せを願う心によって再び凌駕することで、家族的な倫理性を保たせ、家族愛を肯定する地点に回帰していくのだ。こうやって、際どい部分を攻めながら、従来の娯楽映画としての立ち位置も確保させてしまうのは、シャマラン監督の職人性のなせるわざだといえるのではないか。
そして、それでもシャマラン監督は、最後の最後、エンドクレジットの終わりに、“ノックの音”を響かせるという演出をおこなっている。本作の物語のような極端な事件は、現実になかなか起きないかもしれないが、家族の幸せを叩き潰すような悲劇的な運命というのは、誰にでも、いつでも忍び寄ってくるものである。われわれにも、いつ“運命”という名のノックの音がするのか分からない。そんな現実へも連結するサスペンスを、シャマラン監督はわれわれ観客の心理にも埋め込んだのである。
また、一部ネタバレになってはしまうが、本作に津波や津波被害の直接的な表現が存在するという点については、注意喚起をしておきたい。東日本大震災などの津波被害や関連する映像に強い心理的な負担を覚える観客は、気をつける必要があるだろう。
参照
https://www.syfy.com/syfy-wire/knock-at-the-cabin-filmed-on-old-cameras-from-the-1990s?amp
■公開情報
『ノック 終末の訪問者』
全国公開中
出演:デイヴ・バウティスタ、ジョナサン・グロフ、ベン・オルドリッジ、ニキ・アムカ=バード、ルパート・グリントほか
監督:M・ナイト・シャマラン
脚本:M・ナイト・シャマラン、スティーヴ・デスモンド、マイケル・シャーマン
原案:ポール・トレンブレイ著『 The Cabin at the End of the World』
製作:M・ナイト・シャマラン、マーク・ビエンストック、アシュウィン・ラジャン
製作総指揮:スティーヴン・シュナイダー、クリストス・V・コンスタンタコプーロス、アシュリー・フォックス
配給:東宝東和
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