『silent』は“古くて新しい”作品だった 2022年の話題作を軸に近年のドラマシーンを総括
第41回向田邦子賞や第31回橋田賞が続々と発表され、2022年度放送のドラマの総決算がされている。今回、リアルサウンド映画部にてドラマ評論家の成馬零一氏と木俣冬氏、成馬氏と田幸和歌子氏による対談を実施。2022年放送ドラマの振り返りと、最も話題作だった『silent』(フジテレビ系)についての検証、新しい形のドラマ作りについて語ってもらった。
第一部:プロデューサー佐野亜裕美の2022年と観ている側が試された『silent』
ーー2022年で特に印象に残った作品を教えてください。
※成馬零一氏、田幸和歌子氏の2022年ドラマベスト10はこちらを参照。
成馬零一の「2022年 年間ベストドラマTOP10」 若者向けドラマと社会派ドラマが豊作の年に
リアルサウンド映画部のレギュラー執筆陣が、年末まで日替わりで発表する2022年の年間ベスト企画。映画、国内ドラマ、海外ドラマ、ア…
田幸和歌子の「2022年 年間ベストドラマTOP10」 ドラマ界に起きた大きな地殻変動
リアルサウンド映画部のレギュラー執筆陣が、年末まで日替わりで発表する2022年の年間ベスト企画。映画、国内ドラマ、海外ドラマ、ア…
木俣冬(以下、木俣):『鎌倉殿の13人』(NHK総合)と『エルピスー希望、あるいは災いー』(カンテレ・フジテレビ系/以下『エルピス』)と『silent』(フジテレビ系)です。3作とも訴えかけてくるものがしっかりしていて、よかったです。『鎌倉殿の13人』は1年間を通して放送されていく中で三谷幸喜さんが時代の流れを読みながら物語を紡いでいったように感じました。終わりから逆算しないで作っていったそうで、主人公の義時(小栗旬)が最初はダークヒーローかと思わせて、子どもを愛する好人物として描かれたことは、戦争や疫病のある現代で、最終的に作家の書きたいものとみんなが見たいものが合致した気がして。また『エルピス』は6年前に書いた脚本ながら、その頃から長らく作家が“世の中に問いかけたい”と思ってきた題材で、“これが書きたい!”という気持ちがすごく伝わってきました。正しいことがしたいだけなのに、なぜ、それができないのかという切実な思い。私としては作り手の熱量のあるものが観たかったし、ここ最近そういうのがとても減っていたので、良かったです。
成馬零一(以下、成馬):2022年は近年感じていたフラストレーションが、一気に解消された感じがしました。若者向けの青春ドラマと社会派ドラマの意欲作が多く、その両方の要素を兼ね備えていたのが『17才の帝国』(NHK総合)だったので、僕は一位に挙げました。全5話を一気に駆け抜ける物語とアニメと実写の中間のようなビジュアルイメージも素晴らしかったですし、劇中で描かれたサンセット・ジャパン(経済の日没)がこれから起こりそうで、とても予見的な作品だったと思います。逆に2010年代後半という近過去を総括したのが『エルピス』で、2022年はこの2作のプロデューサーを務めた佐野亜裕美さんの年だったと思います。佐野さんが関わるだけで作品全体のクオリティが大きく変わる。脚本、テーマ、ビジュアル全てに目配せできるプロデューサーですね。
木俣:佐野さんは“私はこれが作りたいんだ”という強い意思を持って突き進んでいく人だと感じますね。TBSでやりたいことがやれなくて、カンテレに行って、今、ある種のびのびとやっている佐野さんの姿は、各テレビ局で辞めたいけど辞められない、なんとなく大きな会社にいることの方を選んでしまう、選ばざるを得ない人たちにとっての希望になってるのかなと感じます。佐野さんの作品は昔から好きで、初めて取材したときに『おかしの家』(TBS系)の話をしたんですが、あの頃から面白いことをやる人だったなと。でも世の中が、佐野さんの作るものが売れると思って、それに似たようなものを作り始めてもうまくはいかないと思います。本質で物を見なきゃいけなくて、彼女がやって人気を獲得した傾向のものではなく、彼女がなぜここまでやろうとするのか、その姿勢を真似すべきであって、似た傾向の作家を呼んで似た傾向の話を作っても意味はないと思います。佐野さんが、今生き残って羽ばたいてるのは、TBS、カンテレ、NHKと、様々な局を渡り歩いたからかもしれない。制作会社を立ち上げたらしいので、各局の特性を取り込みながらより良いものを作っていくのはすごくいいのかもしれないですね。かつては、テレビ局の制作部に圧倒的な才能が集まっていましたが、これからの時代は、テレビ局が受け皿になって、制作会社、個々の素敵な才能を生かすやり方もいいのかなと思いますが、不景気で制作会社にお金が行かないんじゃないかっていう不安もあるし、どうなっていくんでしょうね。
ーー2023年のテレビドラマの話題作といえば『silent』でした。多くの視聴者を夢中にさせた作品でしたが、一方で従来のドラマとは異なる作風がどこか受け入れられないという声も聞いていて。お二人は本作にどのような感想を持ちましたか?
成馬:観ている側が試される「踏み絵」感のあるドラマだったと思います。初めは各登場人物の考え方が「理解できない」と思ってノレずに観ていたのですが、途中からわからないなりに面白くなってきて。この“わからない部分”が、脚本家の生方美久さんが大事にしていることなんだろうなと思いました。生方さんは2021年のフジテレビヤングシナリオ大賞(以下、ヤンシナ)を受賞された方で、今回が連ドラ第一作でしたが、新人脚本家が連ドラでオリジナルストーリーを全話執筆させるという大抜擢も話題でした。元々ヤンシナは若手脚本家の登竜門で、野島伸司が20代で、坂元裕二も19歳の時に受賞しています。ヤンシナから出てきた若い脚本家にオリジナルドラマを全話書かせるという大胆な抜擢法こそが、フジテレビのドラマの勢いを作っていたのですが、近年は若手の才能をうまく生かせなくなっていた。ですが今回は『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』(フジテレビ系/以下『いつ恋』)のプロデューサーだった村瀬健さんが、脚本に生方さんを抜擢し、ディレクターに『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』(テレビ東京系/通称『チェリまほ』)を撮っていた風間太樹さんを連れてきた。座組が圧倒的に新しく、これを深夜ドラマではなく、プライムタイムで作れたことはとても大きかったと思います。その意味でも『sirent』は自分にとっては「古くて新しい作品」という印象です。
木俣:古くて新しいものというのは確かにそうでしたね。フジテレビの画と音の力、そしてそのセンスの良さなんですよね。『ミステリと言う勿れ』(フジテレビ系)と『純愛ディソナンス』(フジテレビ系)も好きだったんですが、どちらも画がすごく綺麗で、『silent』がそれを引き継いで進化させた。脚本も北川悦吏子さんの作品が1990年代に若い人を夢中にさせたように、若い人の瑞々しいキュンとなるようなセリフが生まれた。視聴者の身近にあるような風景をうまく見つけて、ロケ撮影して、その中で、今っぽい、あまり使い古されていない新鮮なセリフで登場人物たちがやりとりして。そこに素敵な主題歌がかかる。そういう広告的な手法に相変わらず視聴者は流されるんだなという気もしましたが、良い意味でいうと普遍性であって、心が動くものっていうのはそんなに今も昔も変わらないんだなって。それがフジテレビのドラマにあるような気はしますよね。『silent』は外部から参加した風間監督がとても優れていたんじゃないかなって思います。
成馬:人と人が向かい合っている場面をじっくりと撮る演出家ですよね。カット数の多い情報過多な作品が増えている中、『チェリまほ』のアプローチは新鮮でした。
木俣:『うきわ ―友達以上、不倫未満―』(テレビ東京系)も風間さんの作品でしたよね。風景描写で心理を表現する映画的な手法を使っているにもかかわらず、支持されていることが不思議で。今、増えていると言われる、ドラマを倍速で観る人たちは、その風景を観ないんじゃないかと思うんです。その風景にうっとりするのって大人の世代じゃないかって。
成馬:タワーレコードを舞台にしているのも面白いなぁと思いました。『いつ恋』の坂元裕二の時は男女の恋愛の向こう側に、社会とか現実の日本が見える社会派恋愛ドラマでしたが、『silent』は『いつ恋』にあった社会的な背景をバッサリと切り捨てて、主人公の周辺の狭い世界だけをじっくりと撮ろうとしていると感じました。『いつ恋』は、月9の恋愛ドラマという意味では壮大な失敗作だったと思うんですよ。坂元裕二が月9に帰ってきたことを、自分も含めたドラマファンは喜んでいたけど、幅広い視聴者に作品が届いていたかというと厳しい結果で『いつ恋』の失敗が月9を完全に壊してしまった。今回の『silent』には『いつ恋』のディレクターだった高野舞さんも参加していたこともあってか『いつ恋』のリベンジのようにも観えました。同時に観ていて気になっているのが、凄く優しい世界を撮っているように観えて、凄く残酷なものが描かれているように見えるところで。
木俣:現代の若者は穏やかでやさしくて、他者の考えをちゃんと受け入れるような人が多い傾向を感じますが、実は心の中ではチッとか思ってたりするらしいじゃないですか。それが、よくネットとかで明るみになったりしていて。何か言われたら、ガッカリしたりムッとしたりもするけれど、それを抑えて、自分のうちに秘めていく。相手に寄り添おうとする気持ちの尊さゆえ、心に溜まった本音の怖さのようなものがドラマのなかにうっすら見えるようには感じます。
成馬:『silent』には、読み取れないことがたくさんあるんですよね。2021年に作られた『夢中さ、きみに。』(MBS)も近い印象を感じました。劇中に登場する高校生たちはみんな天使のように描かれているんだけど、それが逆にどこか残酷さみたいなものに繋がっていて。それが今の若い子の距離感なのかなと思います。
ーー『silent』はTverでの見逃し配信や、FODでの配信視聴数の多さも大きな話題となりました。各種配信サービスの活性化についてはどう感じていますか?
成馬:今ってPrime Videoで『MIU404』(TBS系)が観れたり、Netflixで『池袋ウエストゲートパーク』(TBS系)が配信されていたりしていますよね。各放送局の配信サービスで番組を独占するという仕組みがじわじわと壊れてきているのだと思います。Twitterを見ていても、地上波で放送している時は見ていなくて、Prime VideoかNetflixで観れないものは視界に入らないという人がたくさんいる。Prime Videoでの配信が決まって「やっと『MIU404』と『アンナチュラル』が配信で観れる! やったー!」みたいな人が結構いる。ParaviがU-NEXTに統合されることが象徴的ですが、2010年代末に始まった配信戦国時代みたいなものが終わりつつあって、日本のテレビ局はもうNetflixとかPrime Videoに作品を卸すしかなくなってくるのかもしれない。一方でTverの存在感も大きくなっていて、地上波の放送に匹敵する無料で観られるプラットホームとして定着しつつある。
木俣:テレビ局も制作会社も“制作会社”として平等に、いかに面白いものを作れるか勝負する時代になっていくかもしれないなとは思います。それはそれで、ちゃんと才能が明確になるし、ちょっと面白いかなという気もするけれど。もう、フジテレビが好きとかNHKが好きみたいな、各局の伝統色みたいなものはなくなってしまうんでしょうか。
成馬:テレビ局がブランドとして機能している現在の状況は、他のジャンルから見ると変な状況ではありますよね。地上波の人気はいまだ根強いですが、ゆくゆくは解体されていくのかもしれません。
木俣:配信だとCMなしで見られるじゃないですか(CMが入るものもある)。CMありきのドラマの面白さもあるなと思ったのが『エルピス』で、渡辺あやさんが映画とNHKで書いてきた脚本家だから、CMでぶつ切りにできない作品と感じたんです。逆に、CMがつどつど入るように作る技術があって。チャンネルを変えられないように、何分でCM入れるか方法論は、それぞれの作り手や局の秘伝の技なんですよね。伝統芸というか。
成馬:今後、失われていく技術の1つという気がしますね。