濱田岳主演『探偵ロマンス』が追求した、“エンターテインメントとは何か”という問い

濱田岳主演『探偵ロマンス』が追求した問い

 そして物語の山場、「相反する二者」の最たるものである探偵・三郎と、怪盗・住良木(尾上菊之助)の対決。対照的でありながら、互いに人を惹きつけるカリスマ性を持つ2人の存在は、どちら側に傾倒するかは紙一重であるという、「人の心の危うさ」を象徴しているかのようだ。誰しも「三郎的なものへの憧れ」と「住良木的なものへの関心」の両方を持ち合わせている。

 本作は、大戦景気の余波が残る大正時代を舞台としながらも、実に今日的な問題を描いている。厳しい格差社会の中、人々の不満と歪みが膨れ上がる。三郎が言った「ひとつの不満、心のくすぶりが広がって次々に事件が起きてる」という台詞は、そのまま現在の状況にも当てはまるだろう。町にあふれた「落書き」は、SNSに蔓延る罵詈雑言や誹謗中傷のメタファーだろうか。

 生きづらさを抱えて弱った人たちの心に付け入り、「洗脳」して世の中を撹乱する住良木の存在は、現代のカルト宗教の教祖や、反社の親玉と重なる。ちなみに「すめらぎ」と読む漢字は他に「皇」があり、人心を操って“君主”たろうとする住良木の野望を、名前に込めた作り手の妙技に唸ってしまった。

 現代の言葉で表すなら性的マイノリティということになる、踊り子・お百が言ったこの台詞が頭から離れない。

「僕のことを表す言葉はどこにもない。でも、僕は生きてる」

 お百の言葉を受けて太郎は「きっといつか時代は変わる」と言ったけれど、100年経った今でも、悲しいことに世の中はあまり変わっていない。

 太郎の親友・初之助(泉澤祐希)の「夢」や「自分の物語」がないという悩みに、胸が苦しい。初之助は、「あなたの苦しみはあなたのせいではない。世界のせいです」と惹句を放つ住良木に吸い寄せられていく。そして初之助やお百のような“弱者”は、いつの世も利用され、搾取され、捨て駒にされる。

 最終話、住良木との対決で太郎はこう言う。

「名探偵ってのは、困っている人がいたら、手を差し伸べる。一人一人の苦労に寄り添いながら助ける。どれだけ頑張っても救いきれないかもしれない。それでも……たった一人にしかない物語を守るために。そんな生き方かっこいいじゃないか!」

 名探偵・白井三郎の生き様を側で見ながら、そして捜査でさまざまな他者の“物語”に耳を傾けながら太郎が掴んだ「答え」。「名探偵」を「エンターテインメント」に置き換えて読んでみると、この作品の制作陣の気概と愛を感じる。そういうドラマ、エンターテインメントに、今日も私たちは救われている。

 また一方で、「創作の加虐性」にも触れている。行き場のない苦しみを抱え、住良木という「カルト」に引っ張られて命を落とした初之助の気持ちを思いながら太郎は、三郎に打ち明ける。「こんな時なのに、物語が止まらない」。創作物とは、多かれ少なかれ「人の不幸をネタにする」という特性を持っている。初之助の寝ていた押入れで嗚咽しながら、太郎が作家としての業を背負うと決めたこのシーンは、凄まじかった。

 「優しい人は悲しい人」と住良木は言う。「優しさ」なんていうものを持つから人は不幸になるのだと。人の心をなくしたシリアルキラーの狂気がひしひしと伝わる台詞だ。三郎への執着と偏愛から、大勢の他者を巻き込み、人を殺めてまで承認欲求を満たそうとした住良木。「(お百や初之助のような人たちに)生まれてきた意味を与える。僕のやってきたことはそんなに悪いことでしょうか」と最後っ屁を放つ彼に向かって、三郎は叫ぶ。

「生まれてきた意味なんてねえよ! 生きてるだけで十分だ!」

 生まれついた境遇や属性は誰にもコントロールできない。でも、生き続ければ自分の人生は変えられる。生まれたことに意味があるのではなくて、生きていることに意味がある。

 太郎の「脳内世界」として登場する、暗く長いトンネルのように、この現実社会でも、暗い、先の見えない状況が続く。それでも太郎は、一筋の細い光を求めて走る。「真実」を探して書き続ける。どんな人にもある「たったひとつの物語」を、お百や初之助のような人たちの思いを、世に伝えるために。

■放送情報
土曜ドラマ『探偵ロマンス』
NHKオンデマンドにて配信中
出演:濱田岳、石橋静河、泉澤祐希、森本慎太郎、世古口凌、本上まなみ、浅香航大、松本若菜、近藤芳正、大友康平、岸部一徳、尾上菊之助、草刈正雄ほか
脚本:坪田文
音楽・主題歌:大橋トリオ
制作統括:櫻井賢
プロデューサー:葛西勇也
演出:安達もじり、大嶋慧介
撮影場所:京都東映撮影所、関西近郊ロケほか
写真提供=NHK

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