『鬼滅の刃』の魅力が最大限に発揮されたワールドツアー上映 映画館にしかない“陽と陰”

映画館で発揮される『鬼滅の刃』の魅力

見落とされがちな映画館の「陰」の魅力

 「陽」の特徴は、多くの人に認識されていると思う。だが、映画館には「陰」の特徴もある。

 それは、暗闇と静寂だ。

 映画館が暗闇であるというのは、当たり前すぎて気づかれにくい特徴だが、これはとても大事な要素だ。アルフォンソ・キュアロン監督の『ゼロ・グラビティ』を3Dで鑑賞した時、劇場内が明るかったら興ざめするだろう。あの映画は真っ暗闇の宇宙空間を舞台にしている。画面の宇宙の暗闇と劇場内の暗闇がリンクしてこそ、作品の魅力が最大限に発揮される。画面と劇場が暗闇で地続きになり、3Dで漂う人物たちを観ると、自分も宇宙空間にいるように感じられるのだ。この作品は、映画館の「陰」の特徴によって魅力が増した例だろう。

 もう1つの静寂さを生かした近年の代表的な作品は、ホラー映画『クワイエット・プレイス』だろう。目がないが、異常に発達した聴覚器官を持つエイリアンに地球が支配され、わずかな物音を立てたら殺されてしまうという物語であるこの映画は、映画館の静寂な環境でこそ、真の恐怖を発揮するはずだ。作中では本当にわずかな物音ひとつが生死の境を分けるのだが、息をするのもはばかられるような緊張感は、なにかとノイズが多い自宅ではなかなか味わえないだろう。

 最近では『THE FISRT SLAM DUNK』も静寂さを生かしたシーンがあった。試合終盤、無音となり時計の針が動く音だけがこだまするシーンがあるが、あのシーンの緊張感は映画館の静寂さがあってこそのものだろう。

 実際、映画館は迫力ある音響を設計するだけでなく、周囲の雑音をどれだけシャットダウンできるかも設計段階で重要な要素になる。映画音響を評価するTHXは、雑音を排除できているかどうかもそのチェック項目となっていたりする。

 第十話から打って変わり、第十一話はこの「陰」の特徴が生きるエピソードだった。

 第十一話は「遊郭編」の最終話で、敵役の妓夫太郎と堕姫の悲しい過去が描かれる。遊郭の厳しい環境に耐えながら生きてきた生前の2人が鬼になった経緯を、静かなトーンで見せていく。兄・妓夫太郎のナレーションで展開されていくのだが、一度画面が真っ暗に暗転し、生前の心残りを吐露し始める瞬間は、非常に印象に残る場面だ。あれは画面が真っ暗だからこそナレーションの声が一層切実に響いてくるのだが、映画館で観れば、その暗闇が劇場内と同調する。

 そして、映画館の静寂な環境で2人の絆と理不尽に引き裂かれた命、一緒に地獄に向かう時の叫びが一層痛切に響き渡り、感動が増す。

 この「陰」の特徴は地味だが、多くの映画作品にとって非常に重要だ。映画の魅力は迫力だけではない、静かなシーンや暗いシーンにも大きな魅力があり、それを最大限に発揮させるのが映画館の「陰」の特徴なのだ。

 「陰」の特徴で言えば、本上映の後半部分である「刀鍛冶の里編」第一話の冒頭、無限城のシーンも「陰」の魅力に支えられていると思う。映画館の暗闇の中で妖しく光る無限城はどこまでも不気味に感じられた。

 今回の『鬼滅の刃』の上映は、映画として制作されたものではない。だが、映画館の特徴を生かせるエピソードだったことも確かだ。映画館という空間を活かせるコンテンツは何も「映画」に限らないということだ。

 映画の素晴らしさとは別に、映画館という空間がもたらす「劇場体験」はもっと追求されていいと思うし、他にも映画館で生きる映像コンテンツはあるはず。そうした探求がもっと盛んになれば映画興行も一層発展していくと筆者は思う。

■公開情報
『ワールドツアー上映「鬼滅の刃」上弦集結、そして刀鍛冶の里へ』
全国公開中
原作:吾峠呼世晴(集英社ジャンプ コミックス刊)
監督:外崎春雄
キャラクターデザイン・総作画監督:松島晃
脚本制作:ufotable
サブキャラクターデザイン:佐藤美幸、梶山庸子、菊池美花
プロップデザイン:小山将治
美術監督:衛藤功二
撮影監督:寺尾優一
3D監督:西脇一樹
色彩設計:大前祐子
編集:神野学
音楽:梶浦由記、椎名豪
アニメーション制作:ufotable
配給:東宝・アニプレックス
出演:花江夏樹、鬼頭明里、下野紘、松岡禎丞、小西克幸、河西健吾、花澤香菜、関俊彦、置鮎龍太郎、宮野真守、石田彰、古川登志夫、鳥海浩輔、沢城みゆき、逢坂良太
©吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable
公式サイト:https://kimetsu.com/anime/
公式Twitter:https://twitter.com/kimetsu_off

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