『舞妓さんちのまかないさん』に流れる愛しい時間 “問題”にも目を向けた是枝裕和の意志も

『舞妓さんち』に流れる愛しい時間

 原作では、メガネ姿がトレードマークのつる駒以外はモブのようだった舞妓たちも、菊乃と琴乃という人物に整理されて登場する。なんといっても、つる駒を演じた福地桃子が素晴らしかった。つる駒はキヨとすみれにとって「姉さん(先輩の舞妓)」だが、同時に仲間であり、時には妹のようでもある。舞妓が等身大のひとりの女性であり、屋形という共同体が一つの疑似家族であることを、彼女のいきいきとした演技が表現していたように思う。歴史オタクかつ早口でつる駒とやり合うことの多い菊乃役の若柳琴子(ケンタッキーフライドチキンのポットパイのCMで賀来賢人を見つめている)も、いつもおっとりした琴乃役の南琴奈(Mr.ChildrenのMV「Documentary film」に出演していた)も、どちらもコンビニにも行けず、スマホを持つことも許されない舞妓を視聴者の身近な存在へと引き付ける役割をまっとうしていた。

 すみれを可愛がる売れっ子芸妓の百子は、原作のおっとりした性格ではなく、芸妓の仕事に誇りを持ちつつ、理不尽な慣習に疑問を抱く意志の強い女性に変更された(ホラーマニアでもある)。演じた橋本愛は、意思の強さを表現するとともに、所作や姿勢の美しさ、師匠に「完璧」とお墨付きをもらった舞も見事にこなしている。一方、百子と同世代の出戻り芸妓・吉乃は、実はまったく「ほっこり」していない花街で生きる女性のしたたかさ、賢さを担うドラマオリジナルの登場人物。バーに集まるねっとりとした中年男のコミュニティ(彼らもドラマオリジナルである)を上手くあしらう吉乃を難なく演じる松岡茉優の芸達者ぶりが堪能できる。

 屋形の「おかあさん」である梓は、天然ボケがありつつも、疑似家族である屋形の舞妓たちを守ろうとする使命感を持っているが、実の娘である涼子に対して思うように注げないというジレンマを抱えている。先代の女将・千代は、花街の伝統を守る存在であり、大きな包容力で舞妓たちを見守る守り神のようでもある。梓を演じた常盤貴子と千代を演じた松坂慶子の持つ空気が、ドラマ全体に安心感を与えていたように思う。それぞれに恋の物語が用意されているところも群像劇らしい。

 このドラマを観てあらためて強く思うのは、こんな子たちがセクハラを受けたり、未成年飲酒を強要されたりしてはならないということだ。理不尽な加害は彼女たちの夢や憧れを踏みにじることに他ならない。昨年、元舞妓の女性からの告発があり、同時に原作コミックを含めた作品への非難も多く生まれている。ドラマには、涼子や花街に強い疑問を持つすみれの父親(高橋和也)を登場させることで、花街をファンタジックなユートピアとして描かないという是枝監督の意志が見えた(是枝監督は後に声明を発表している ※)。

 悪しき伝統と慣習があれば、変えていかなければならない。変えていくためには、知る必要がある。筆者は京都に花街が五カ所あることも知らなかったし、恥ずかしながら芸妓と舞妓の違いも花街を「かがい」と読むことすら知らなかった。俳優たちが魅力的に映っている本作を観ることで、少なくとも花街(とそれを取り巻く諸問題)に関心を持つ一助になるのではないかと思う。

参照

※ http://www.kore-eda.com/message/20230124.html

■配信情報
Netflixシリーズ『舞妓さんちのまかないさん』
Netflixにて、全世界独占配信中
出演:森七菜、出口夏希、蒔田彩珠、城桧吏、福地桃子、若柳琴子、南琴奈、リリー・フランキー、北村有起哉、尾美としのり、古舘寛治、戸田恵子、白石加代子、松坂慶子、橋本愛、松岡茉優、井浦新、常盤貴子
原作:小山愛子『舞妓さんちのまかないさん』(小学館『週刊少年サンデー』連載)
総合演出:是枝裕和
企画:川村元気
監督:是枝裕和、津野愛、奥山大史、佐藤快磨
脚本:是枝裕和、砂田麻美、津野愛、奥山大史、佐藤快磨
エグゼクティブ・プロデューサー:古澤佳寛、佐藤菜穂美
プロデューサー:山田兼司、鹿嶋愛、北原栄治
撮影:近藤龍人
照明:尾下栄治
録音:冨田和彦
美術監督:種田陽平
装飾:酒井拓磨
衣装デザイン:伊藤佐智子
ヘアメイクデザイン:勇見勝彦
フードスタイリスト:飯島奈美
音楽:菅野よう子
京舞指導:井上八千代
特別協力・監修:衹園新地甲部組合、学校法人八坂女紅場学園
製作:STORY inc.
制作プロダクション:STORY inc.、分福
©︎小山愛子・小学館/ STORY
公式サイト:https://www.story-inc.co.jp/makanai/
公式Instagram:https://www.instagram.com/the_makanai/

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