不倫ものを超えた愛憎劇『夫婦の世界』 キム・ヒエが巧みに表現する複雑な心理描写
主人公ソヌが、夫の裏切りに驚き、裏切りに悲しみ、怒りへと変化していくさまは、「可愛さ余って憎さが百倍」の通り、彼女が夫テオをいかに激しく愛していたのかを物語る。妻を愛していながらも、若い女性にふらついてしまった夫テオもまたソヌや息子のことを愛し苦しむ。ソヌとテオの息子であり、夫婦の破綻によって一番の被害者となった子供のイ・ジュニョン(チョン・ジンソ)。ストーリーが進むにつれて、次々と黒化していく登場人物たち。中でもソヌの“黒化”が凄まじい。
夫に裏切られ復讐の鬼と化したソヌを演じたキム・ヒエは、本作で第56回百想芸術大賞でTV部門 女性最優秀演技賞を受賞した。第56回の百想といえば、『愛の不時着』『梨泰院クラス』『椿の花咲く頃』と並みいる強豪作品が並んだ年だ。キム・ヒエとともにノミネートされた女優たちは、『椿の花咲く頃』のコン・ヒョジン、『ハイエナ』でキム・ヘス、『愛の不時着』からソン・イェジン、『ホテルデルーナ』IU(イ・ジウン)と、並外れた激戦となった。その中でのキム・ヒエの受賞だったが、多くの人の予想通りの受賞となった。
激烈な感情演技が圧巻で、キム・ヒエは、愛する夫に裏切られ狂気を見せるソヌを、目をひん剥いてまくし立て、泣き叫び、計算高く夫を陥れていく姿はホラーを超えた恐ろしさで目が離せない。ダークでスリリングで、ソヌがどうなってしまうのか、夫と息子に見せる、尋常でない執着を見せる鬼のような形相も、キム・ヒエ本人が持つ天性の上品さで感嘆の域に到達させる演技力なのだ。
ソヌが、白から黒へと黒化していき狂気を見せていく中で、パク・ヘジュン演じるテオの“スレギ”(韓国語でゴミの意味)っぷりがすさまじい。テオ自身が自分のことを“スレギ”だと言うシーンもあるのだが、これまで観てきた韓国ドラマ作品の中で、並みいる“スレギ”キャラクターを遥かに凌駕する“スレギ・オブ・スレギ”、まさに“THE KING スレギ”なのだ。テオは、ヴィランと表現するほどの強さも、悪さもなく、そこにあるのは愚かさや浅はかさ、阿呆のような男なのだ。これをチャーミングと捉えてしまった、しっかりもののソヌやタギョン。世話焼きの女性はテオのような自由な男に惹かれてしまう、というようなことをソヌがタギョンに話す場面があるのだが、悲しいかな説得力のあるセリフだ。ソヌが放ったリアリティな名言は数々あり、夫婦とは、女性とは、人間とは……ということが本作の中で語られる。
役者陣の圧巻の演技と、随所で語られる夫婦の本質、人間の感情についての明察ぶりは、ソヌが医者である知的な女性であることを差し引いても、多くの人に訴えかけ、考えさせる。だからこそ、この物語がただの不倫ドラマとしての枠を超えて、韓国でも「マクチャンドラマの歴史を塗り替えた作品(『ペントハウス』シリーズとともに)」と言われたのではないか。夫婦が乗った破綻した暴走列車が行き着く先の終着点はどんな姿をしているのか、辿り着く先はどこなのかを視聴者が固唾を呑んで見守る力を持ったのではないだろうか。結婚という縁を結んだ夫婦が、その縁の強さゆえに苦しむ姿を描いた本作は、観ている間は、ハラハラドキドキと、先が気になる展開で強烈に引きつけられる。
そして観終わったあとに、それぞれの心にもたらすものがあるように思う。それは結婚に対する夢想を打ち砕くものかもしれないが、人が人を愛する激しさと愛と憎しみの表裏一体をリアルに描いたものとして評価されるのも納得だ。
最後になるが、著者が一番心に残ったのは、親であり、男と女である夫婦の渦に巻き込まれた息子ジュニョンのことだ。ただただジュニョンが不憫で可哀そうでならなかった。多感な年ごろの子供が両親の不和を目にし、離婚へと至る中で、心傷つき病んでしまう。そして心機一転と気持ちを入れ替えようとした矢先に、また親の人間くさい姿を目にし、慄いてしまう姿が彼の心を想像するとたまらなく悲しくやるせない。「親も人間だから仕方がない」そんな風に心身が成長し、成熟してくれることを願ってやまない。本作が訴えかけることのひとつに、親の離婚で悲しみ苦しむ子供を描いていること、このことが子供たちを救う一助になればいいなと思う。
■配信情報
『夫婦の世界』(全32話)
Netflixにて配信中
演出:モ・ワンジ
脚本:カン・ウンギョン
出演者:キム・ヒエ、パク・ヘジュン、ハン・ソヒ
(写真はJTBC公式サイトより)