『線は、僕を描く』“沈黙”を操る小泉徳宏監督の手腕 無限の可能性を持つすべての人へ
沈黙が生じる時間には必然として余白が生まれる。まだ何も描かれていない紙上もまた、余白しかなく、そこからいくつもの可能性が生まれる。この映画における空間的な余白が際立つのは、ひときわ大きな湖山の屋敷であり、そのなかでも特に彼らが食事を摂る日常的な一室は空間的な余白が多い。霜介がやってくるまでの彼らの食卓は描写されないが、湖山と千瑛の関係からして推し量るのは容易い。霜介があの屋敷に足を踏み入れた瞬間から、彼はあの家の“可能性”だったわけだ。終盤で湖山が壮大な作品を仕上げようとする広間にも余白があり、それは年老いた彼の創造性の豊かさを表し、ラストで映る整理された千瑛の部屋の様子は彼女が心理的な鎖から解放されて画家として飛躍を遂げることを意味するのだろう。
登場人物も最低限に抑え、また水墨で画を描くという映画的なアクションも最低限に抑え、ドラマティックな抑揚も徹底的に抑え込む。感情の昂りを動力源にしがちな青春映画としては極めてストイックな方法論である。この映画が見せるのは、主人公のようなどこにでもいる青年が自分自身の秘めたる才に気付けていないこと、すなわち無限の可能性があるということに他ならない。余白だらけの紙の上に、自分自身の線を見つけて描いていく。社会情勢のせいで人間形成の重大局面たる大学生活を真っ白にされた現在の大学生はもちろん、青春映画のメインターゲットである若者にとって、自分自身の線を描く原動力となれ。
■公開情報
映画『線は、僕を描く』
全国公開中
出演:横浜流星、清原果耶、細田佳央太、河合優実、矢島健一、夙川アトム、井上想良、富田靖子、江口洋介、三浦友和
原作:砥上裕將『線は、僕を描く』(講談社文庫)
監督:小泉徳宏
脚本:片岡翔、小泉徳宏
企画・プロデューサー:北島直明
音楽:横山克
配給:東宝
©︎砥上裕將/講談社 ©︎2022映画「線は、僕を描く」製作委員会
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