『エルピス』は現代人の“再生の水”となるか 佐野亜裕美Pが2人のテレビマンに込めた願い

『エルピス』は現代人の“再生の水”に

 諸説あるが、人間の体内の水は1〜2カ月で入れ替わるという。

 浅川恵那(長澤まさみ)はああやってミネラルウォーターを飲むことで、自分の体内に沈殿した不純物を排出しようとしていたのかもしれない。人工甘味料や合成着色料たっぷりのジュースに、思考回路を麻痺させるためのアルコール。この世には有害なものが溢れている。

 それを今、濁りのない透明な水ですべて洗い流すことができるとしたら――。

 『エルピス—希望、あるいは災い—』(カンテレ・フジテレビ系)は、この混迷と閉塞の時代に毒された人々が新たに“生まれ直す”物語だ。

佐野P自身が投影された浅川と岸本という2人のテレビマン

エルピスー希望、あるいは災いー

 主人公は、落ち目のアナウンサー・浅川恵那。同僚との路上キス写真をマスコミに盗撮され、人気キャスターの座を追われた。しかし、路上キスの相手である斎藤正一(鈴木亮平)は今や報道局政治部の官邸キャップ。一方は左遷の憂き目に遭い、もう一方は出世街道まっしぐら。そんな飲み込めないものが至るところに散りばめられている。

 若くて美人の女性タレントに膝枕をねだり、浅川のことはババア呼ばわりするチーフプロデューサー。多忙を言い訳にして報道の責任をとろうともしないテレビマン。女性キャスターの名前を間違える大物政治家と、「問題ないです」と一蹴する取り巻きたち。

 そして何より、そうした理不尽や横暴や責任逃れに対し、我関せずを決め込もうとする自分自身。それらのすべてが体の中で拒否反応を起こしている。もう自分自身に嘘がつけなくなっている。

 プロデューサーは『カルテット』(TBS系)、『大豆田とわ子と三人の元夫』(カンテレ・フジテレビ系)の佐野亜裕美。前職のTBS時代から企画するもなかなか通らず、移籍の際、カンテレに持ち込んだのが本作だ。

 脚本は『カーネーション』(NHK総合)、『今ここにある危機とぼくの好感度について』(NHK総合)の渡辺あや。主人公の浅川と、浅川と共に冤罪事件に挑む若手ディレクター・岸本拓朗(眞栄田郷敦)は、佐野の性格や考え方を振り分けて構築したキャラクターであると、インタビューで明かしている。

エルピスー希望、あるいは災いー

 たとえば、上司のセクハラを受け流す浅川に対し、年下の女性スタッフが「怒ってくださいよ。下の人間のためにも。それが浅川さんみたいなポジションの人の責任じゃないですか」と詰め寄る場面。これを見ながら思い出したのは、かつて佐野自身が発信したツイートだ。ドラマの現場に配属されて間もない頃、佐野は先輩スタッフから性暴力を受けた。しかし、夢だったドラマ制作の世界で生き残るために、佐野はそれをなかったことにした。その自責の念をTwitter上で告白し、大きな反響を呼んだ。後輩から戦うことを求められながらも、うやむやにしてやり過ごす浅川の姿には、飲み込んではいけないものを飲み込もうとし続けていた佐野自身の贖罪の意識が重なる。

 また、恵まれた家庭に生まれ育ち、学業優秀。高い選民意識を持ちながらも、他人に無関心で、自分の保身しか頭にない岸本も、東大からテレビ局への道を歩んできた佐野のかつての姿が投影されているように見える。

エルピスー希望、あるいは災いー

 岸本はプロ意識に欠け、お気に入りの女性タレントに手を出そうとしたことから逆に脅しに引っかかる俗物的なキャラクターなのだが、第1話の終盤で深い闇を覗かせていた。チーフプロデューサーの村井喬一(岡部たかし)が「じゃあ闇って何だ? その奥に何がいんの?」「闇にあるもんってのはな、それ相応の理由があってそこにあるんだよ」と言っていたが、正義感という棒を振り回して出てくるのは、アナコンダでも国家権力でもなく、個人のどす黒い感情なのかもしれない。

 浅川と岸本はこの冤罪事件を通して、どう生まれ直していくのか。その先にあるのは、希望か、あるいは災いか、しっかり見極めたい。

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