プロデューサー、小説家、映画監督 “何者”でもない川村元気が『百花』に込めたものは?
アニメーションとの共通点とは?
プロデューサー・川村元気の痕跡を、監督作の『百花』に見出すことは実写映画に限れば難しいものの、アニメーションのプロデュース作――『君の名は。』(2016年)、『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』(2017年)、『天気の子』(2019年)を横に並べてみると、共通項が多いことに気付かされる。
『百花』の後半、百合子は泉に「半分の花火が見たい」と呟く。半分の花火とはなにか? そして、なぜその花火を見たいのか? という謎が終盤にかけて解き明かされていくが、そこに、花火を真横から見れば丸いのか、平べったいのかという議論が少年たちを灯台の先まで向かわせる『打ち上げ花火』を原初の風景として見出すのは困難ではない。
百合子の謎めいた言葉から、泉は〈半分の花火〉が見られる花火大会を見つけ出す。長野県の諏訪湖で撮影されたという湖面を彩る半分の花火が特徴的なのは、見上げなくとも水平に視界へ入ることである。このとき観客は気づくことになる。 “見上げる”という行為を過去から現在への記憶の断層で、さりげなく映し出していたことを。
ある日、まだ幼い泉を残して、百合子はピアノ教室の生徒だった浅葉(永瀬正敏)と駆け落ちする。アパートの2階で暮らし始めた2人は、ベランダ越しに外を眺める。そこには高架鉄道が走っており、鉄道に詳しい浅葉は線路が見えないことを残念がる。見上げても見えない――観客にかすかに植え付けられた記憶は、終盤で感動的に呼び覚まされることになる。
『君の名は。』『天気の子』は、物語の重要なポイントに災害が設定されている。『君の名は。』では隕石が町に落下し、500人以上が死亡する。『天気の子』では雨が2年にわたって降り続けた結果、東京の3分の1が水没する。
ディザスター映画ではなく、ラブストーリーなどにそうした要素を取り入れることは珍しくないが、それを背景にすることで厄災を利用した軽薄さが際立つこともある。『百花』では、1994年に百合子が神戸に駆け落ちし、阪神電車の高架を目の前にしたアパートに暮らし始めた段階で、阪神淡路大震災が大きなポイントになることが予想できたが、その描き方に疑問を感じる。
午前5時46分、1人で寝ていた百合子は激しい揺れに目を覚ます。室内の家具は倒れ、薄暗い部屋は何が起きたのかもわからないまま、百合子は外に飛び出す。外は凄惨な光景が広がっているようだが、カメラは百合子の背景をボカシ、はっきりと見せない。フラフラと歩き続ける百合子が、だんだん意識をはっきりさせていくと、倒壊した阪神電車の高架が間近に見えるようになる。そこまでを地震の発生から1カットで見せるのが本作らしいスタイルだが、抑制されているとはいえ、こうしたスペクタクル描写は必要だったのだろうか。それに画面の大部分がボケボケの画面を延々と眺めなければならないのは苦痛でもある。
山田洋次監督が『母と暮せば』(2015年)で原爆投下による被害をCGで描いていたが、机上に置かれたインク瓶が高熱で瞬時に溶けていく様を映し出した1カットに凝縮されていたことを思い出せば、『百花』の過剰さは明らかだろう。随所で見事な撮影を見せる今村圭佑と、原田美枝子の演技を持ってすれば、室内だけでも〈震災〉は充分に表現できたのではないか。
こうした過剰さは、母の認知症、母が息子を1年にわたって置き去りにした事件、震災、妻の出産、バーチャルヒューマンアーティスト、半分の花火の謎という盛りだくさんな内容でありながら、夾雑物を削ぎ落とした作りによって生じる〈描かないこと/描かれていないこと〉の曖昧さからも感じるところである。余計なおかずが多すぎて、メインディッシュの味が薄まっている。
――と、本作にまつわる記憶が甦るままに、とりとめもなく書き連ねてみたが、冒頭に記したように単純な絶賛、酷評だけでは終わらない作品だけに、実際のところ、プロデューサーとして以上に映画監督・川村元気は気になる存在である。次回作は保険を取り除き、むきだしになった映画を見せてほしいと思うのは観客の身勝手な願望だろうか。
■公開情報
『百花』
公開中
出演:菅田将暉、原田美枝子、長澤まさみ、北村有起哉、岡山天音、河合優実、長塚圭史、板谷由夏、神野三鈴、永瀬正敏
監督:川村元気
脚本:平瀬謙太朗、川村元気
音楽:網守将平
原作:川村元気『百花』(文春文庫刊)
主題歌:KOE「Hello, I am KOE」(ユニバーサルミュージック/EMI Records)
制作プロダクション:AOI Pro.
配給:東宝
海外配給:ギャガ
©2022「百花」製作委員会
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