ジョニー・トーらの香港への“思い入れ”と“愛情” 『七人樂隊』が描く時代の移り変わり

『七人樂隊』に宿る香港への“愛情”

 激動の時代のなかで、変化のときを迎えようとしている香港。そんな都市の、まだイギリスの植民地だった1950年代から、現在、未来へと至るまでの時代の流れを、ともに通り抜けてきている著名な7人の映画監督が、“年代をリレーするオムニバス”というかたちで描き出していく……。そんな象徴的な映画が、『七人樂隊』だ。

 7人の監督とは、サモ・ハン、アン・ホイ、パトリック・タム、ユエン・ウーピン、リンゴ・ラム、ツイ・ハーク、そして、本作のプロデューサーとして、この才能を集めたジョニー・トー。いずれも、時代のなかで豊かな香港映画の世界を作りあげてきた、伝説的存在である。そんな監督たちが、くじ引きで自分の担当する年代を決めて撮影に臨んだというのだから、面白い。

七人樂隊
『深い会話』

 経済の中心地として、常に変化し続ける街の光景。香港映画界のカンフーやスタントアクションの足跡。伝統と革新がぶつかり合う摩擦の音の中で年を重ねていく人々……。それぞれの監督たちの感覚と視点を通して、香港の時代の移り変わりが映し出される。

 共通しているのは、香港の文化や街に対する、“思い入れ”や“愛情”だ。それをより味わい深く表現するため、多くの映画製作においてデジタル撮影が席巻する現代で、監督たちはあえて、暖かな風合いの35mmフィルムを使用している。

七人樂隊
『稽古』

 年代くじ引きで、本作の最も古い50年代を引き当てたのは、『燃えよデブゴン』(1978年)など、カンフー、アクション映画の象徴的俳優として、誰もが知るサモ・ハン(・キンポー)。このエピソード『稽古』で描かれるのは、子役時代から映画でスタントアクションをしていた、サモ・ハンの自伝的内容だ。子どもたちが厳しい指導者(師父)のもと、日々鍛錬をして、さまざまな軽業を習得していく姿が描かれる。この師父を演じているのは、サモ・ハンの長男ティミー・ハン。

 優秀なサモ少年は師父のいないときの指導を任せられるが、長時間逆立ちをするなどの苦痛をともなう稽古をうまくサボる仕組みを考案する……。ディズニーの『ファンタジア』(1940年)で映像化された、「魔法使いの弟子」の寓話を想起させる、この物語は、サモ・ハンという伝説を生み出した土台とはどういうものだったのかを、観客に教えてくれるものだ。そしてそれが、子どもたちのパフォーマンスを中心に展開していくのは、さすがサモ・ハン演出ならではの、まさに「ボディーランゲージ」である。

七人樂隊
『校長先生』

 「香港ニューウェーブ」の一人として『女人、四十。』(1995年)などで女性の生き方を描いた、香港の象徴的な女性監督、アン・ホイ。彼女が60年代を描くエピソード『校長先生』で表現するのは、平凡な学生たちと教師との日々の交流だ。当時の香港のありふれているであろう情景が映し出されていくが、同時にそれが、じつはかけがえのない美しい瞬間であったことが、サイア ・マが演じる、儚い印象の女性教師によって象徴されている。悪役のイメージのあるベテラン俳優のフランシス・ン(ン・ジャンユー)が、学校の生徒たちの成長を優しく、ときに厳格に見守る校長先生を演じているのが印象深い。

七人樂隊
『別れの夜』

 アン・ホイと同じく「ニューウェーブ」として活躍し、ウォン・カーウァイも師事し影響を受けた、数々の賞に輝くパトリック・タム監督は、『別れの夜』で、“はなればなれに”なる運命にある恋人たちの70年代の瞬間を、抒情的な雰囲気で表現。カーウァイ監督の作品がそうであるように、ジャン=リュック・ゴダールの作品を想起させる、気だるい空気感と、若い恋人たちの焦燥的な緊張が交錯する、端正な作品だ。

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