『ベター・コール・ソウル』はエミー賞受賞なるか? スピンオフ作品が愛される理由を考察

『BCS』などスピンオフ作品が愛される理由

 アメリカテレビ界の祭典、第74回プライムタイム・エミー賞の授賞式が、日本時間9月13日に開催される。すでに発表されたノミネート作品には、日本でも視聴できる作品も多く、ドラマ部門、コメディ作品、リミテッドシリーズ部門にノミネートされた21作品のうち、20作品を楽しむことができる。そういった意味でも、今回のエミー賞に日本の海外ドラマファンも注目しているだろう。

 Netflixの『ストレンジャー・シングス 未知の世界』や『イカゲーム』など話題作も多いが、ファイナルシーズンを迎えた『ブレイキング・バッド』のスピンオフ『ベター・コール・ソウル』の受賞の行方にも注目したい。エミー賞ノミネート作品のうち、スピンオフは本作だけだ。また今年は、エミー賞にはノミネートされていないが、HBO Maxで配信され、話題になった映画『ザ・スーサイド・スクワッド “極”悪党、集結』(2021年)のスピンオフドラマ『ピースメイカー』も人気を集めた。こうしたスピンオフが作られつづけ、愛されている理由はどこにあるのだろうか。今回はこの2作品を例に挙げながら、考えていきたい。

完璧なオリジナルを補完する前日譚『ベター・コール・ソウル』

 『ベター・コール・ソウル』は、2008年から2013年にかけて放送され、エミー賞をはじめとする数々の賞を受賞し社会現象にもなったドラマ『ブレイキング・バッド』のスピンオフだ。同作に登場した弁護士ソウル・グッドマン(ボブ・オデンカーク)を主人公にした本作は、『ブレイキング・バッド』以前、彼が本名のジミー・マッギルとして活動していたころから、どのような経験を経て明らかに有罪の犯罪者を多く顧客に持つような、うさんくさい人物になったのかを描く。伝説的ドラマのスピンオフとして注目を浴びながら、2015年にスタートした本作は、シーズン1から高評価を獲得し、エミー賞6部門で7つのノミネート。その後もエミー賞においては毎シーズン作品賞や主演男優賞など複数の部門にノミネートされるも、いまのところ無冠のままだ。今回のエミー賞では作品賞、主演男優賞(ボブ・オデンカーク)、助演女優賞(レイ・シーホーン)、脚本賞など7部門にノミネートされている。しかもこのノミネートは、ファイナルとなったシーズン6の前半第7話までが対象だ。後半の第8話から第13話は、次回、2023年の選考対象となる。今年のノミネート作品で言えば、『ストレンジャー・シングス 未知の世界』も前半5話のみでのノミネートとなっているが、シーズン途中でのノミネートは、そうそうあることではない。それだけ『ベター・コール・ソウル』は高いクオリティを誇っているのだ。

 『ブレイキング・バッド』のような大ヒット作のスピンオフを製作するのは容易なことではない。しかも同作は文句のつけようのない完璧なエンディングを迎えた。2019年には同作の主人公の1人、ジェシー・ピンクマン(アーロン・ポール)を主人公にしたスピンオフ映画『エルカミーノ:ブレイキング・バッド THE MOVIE』がNetflixで配信されたが、こちらは『ブレイキング・バッド』後のジェシーを描きつつ、本編と同じ時間軸で描ききれなかった彼の物語が明かされた。数多くのおなじみのキャラクターが登場し、ファンにはうれしいが、オリジナルを知らなければ楽しめない内容だったと言っていいだろう。それが悪いとは言わないが、やはり単体で楽しめるスピンオフは貴重だ。

 『ベター・コール・ソウル』は前日譚であるため、『ブレイキング・バッド』を知らなくても楽しめる。もちろん『ブレイキング・バッド』の結末の後、ジーン・タカヴィクとして逃亡生活を送るソウルの姿がモノクロ映像で描かれたり、オリジナルのキャラクターが登場し、彼らの背景も描かれたりと、ファンにはうれしい要素も満載だ。しかし本作で明かされるソウルの過去は重い。こうした事情を知ると、『ブレイキング・バッド』での彼の行動も違って見えてくる。本作によってオリジナルも深みが増してくるのだ。オリジナル同様、完璧な結末を迎えた『ベター・コール・ソウル』は、人気作品の添え物としてではなく、シリーズの一部としてその価値を押し上げた。独立した作品としても高く評価されるべき作品だ。

映画の後日談『ピースメイカー』が注目を集めたワケ

 一方で、オリジナルとなった作品の後日談であり、大きな注目を集め評価を獲得したスピンオフもある。2022年1月からHBO Maxで配信された『ピースメイカー』もその1つだ。日本では同年4月からU-NEXTで配信が開始された本作は、映画『ザ・スーサイド・スクワッド “極”悪党、集結』で、観客に最悪の印象を与えたキャラクターを中心に据えたドラマシリーズ。映画での物語の後、ピースメイカーことクリストファー・スミス(ジョン・シナ)がどのような道を歩んだのかを描きつつ、彼が歪んだ正義感をもつ“ヒーロー”となったオリジンにも触れられた。本作が注目を集めた理由は、それこそ主人公がピースメイカーだったことにある。映画公開前からスピンオフ製作は発表されていたとはいえ、多くの人は「こいつが主人公?」と思っただろう。それほど観客に嫌悪感を与えたキャラクターだった。彼があんな性格になった背景に、同情すべき環境があったことが描かれるのは想像に難くなかったが、それ以上にドラマでの彼の成長やテーマ性は、回が進むごとに視聴者を惹きつけていった。大好評を博した本作は、シーズン2の製作も決定している。

 後日談スピンオフの楽しいところは、オリジナルのキャラクターが登場する場合が多いことだ。『ピースメイカー』でも、『ザ・スーサイド・スクワッド』で司令官アマンダ・ウォーラー(ヴィオラ・デイヴィス)に逆らってタスクフォースXの手助けをした面々が登場し、ストーリーを盛り上げた。そして新たな物語のなかで彼らが交流することで、個々のキャラクターの解像度が上がっていく。作品のファンにとって、キャラクターについて多くを知ることができるのは楽しく、うれしいことだ。たとえピースメイカーのような最悪の印象を与えたキャラクターであっても、隠されていた一面にスポットを当てることで、その印象は変わる。

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