『カーター』新たなアクション映画の境地 チョン・ビョンギル監督が見せる狂気の熱量

『カーター』新たなアクション映画の境地

 「こんな映画観たことない!」。そう思わされる時ほど、映画好きにとって幸せな瞬間はないと思う。膨大な作品数を誇る映画界において未知の体験とはなかなか得難いものであり、仮に体験できたとしても「ものすごく酷くて、逆に観たことない」だったりする。それでも時々、大きな衝撃と興奮を伴ってそんな映画に出会えることがある。8月5日にNetflixで配信されたチョン・ビョンギル監督最新作『カーター』である。

 チョン・ビョンギル監督を語る上で『悪女/AKUJO』(2017年)という作品を欠かすことはできないだろう。ドローンを駆使した縦横無尽なカメラワークとスリリングな疑似ワンカットのアクションは多くの観客の度肝を抜いた。特に序盤のバイクチェイスシーンのクオリティはとんでもなく、世界に影響を与えたといっても過言ではない。実際『ジョン・ウィック』シリーズ監督のチャド・スタエルスキは『悪女/AKUJO』を観賞してキアヌ・リーブスと共に「やるぞ」となったそうで、『ジョン・ウィック:パラベラム』(2019年)では似たようなシーンを観賞できる。かくいう自分も『悪女/AKUJO』を観た時に度肝を抜かれた一人で、「こんなアクション見たことない!」と興奮したものだ。そしてこの「こんなアクション見たことない!」を全編やってしまったのが『カーター』である。

 本作はとにかく度肝を抜かれるアクションの連続だ。しかも終始ワンカット風で構成されており、事態は一度も途切れることなくリアルタイムで進行する。息つぎをする暇もなく異常なアクションがぶち込まれ、その様子を奇天烈なカメラワークで切り取っている。カーチェイスやバイクチェイス、銃撃戦から格闘戦まであらゆるシチュエーションを縦横無尽に動き回るカメラで撮影し、しかもそれが矢継ぎ早に展開される。おまけに本筋がスパイ映画とゾンビ映画と記憶喪失サスペンスをごった煮にした闇鍋ストーリーなため、情報量は膨大。あまりの映像体験に、観終わった後はへとへとに疲れ切ってしまう。

 主人公カーター(チュウォン)は目覚めると記憶を失っており、身に着けているものは尻に食い込んだパンツ一枚だけ。武装したCIAに囲まれ、耳に取り付けられた装置からは謎の女性の声が聞こえる。しかも自分が今いる部屋は20秒後に爆破されるのだと言う。女性の指示通りカーターは窓から飛び降りて別の建物へと飛び移る。するとそこはなぜか大量のヤクザがいる大浴場であり、カーターはふんどし一丁のヤクザと睨み合う……。そこからはじまる熱気ほとばしる集団戦。血で赤く染まる湯舟。この時点で自分はとんでもない映画を再生してしまったのだと気がついた。CIAのエージェントは肉塊と化しているし、極めつけはパンツ一丁の主人公が褌一丁のヤクザと殺し合っている。おまけにヤクザの中には明らかに履いていない人もおり、カメラがぐるぐる動き回る疑似ワンカットの中で危ういところが見えるか見えないかのスリリングさもある。これがとんでもない映画であることは誰が見ても明らかだろう。再生してから15分くらいしか経っていないのに人が30人くらい死んでいるのも凄かった。恐るべきは、このテンションが途切れることなくずっと維持されることだ。

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