70年代をフィーチャーした新たなスラッシャー映画 『X エックス』のフレッシュな“恐怖”

『X エックス』が描くフレッシュな“恐怖”

 さて、このようなテイストによって本作が描いた“恐怖”とは何なのか。それは、誰でも経験したことがあるだろう、普遍的な“老い”に対する嫌悪感や不安である。本作が題材としている、ポルノ映画の撮影という要素は、この場合、その蛮勇的な無謀さや奔放さも含めて、“老い”に対比される“若さ”を象徴するものとして設定されている。

 それを補強しているのが、劇中でブリタニー・スノウが歌う、かつてシンガーのスティーヴィー・ニックスが作詞作曲を手がけ歌った、名曲「ランドスライド」(1975年)である。これは、当時スティーヴィー・ニックスがバンド「フリートウッド・マック」に参加する前に、自分が音楽の道に進もうとすることで生まれる将来の不安と、それでも踏み出そうとする揺れ動く心情が情感豊かに表現されている。その苦悩や心の震えこそが、若い時代の特権ともいえるだろう。ちなみに、この曲はザ・チックスのカバー版で広く知られている。

 主人公マキシーンが漠然と覚える恐怖とは、そんな若い時代を、保守的な価値観に縛られながら無為に終えてしまうことである。彼女がポルノに出演するのは、まさにその恐怖から逃れるためだろう。とはいえ、自由奔放な生き方をしているように見えて、彼女は恋人である映画プロデューサーの性的なプライドや金儲けに利用されているのも事実で、自分の生き方のための自己決定が、また異なる搾取構造にとらわれることになる問題に触れてもいるのである。このあたりが、ポルノスターであったリンダ・ラヴレースの、スクリーン外の実像ともリンクしているといえる。本作ならではの、現代の映画としてのアプローチだといえよう。

 興味深いのは、本作の殺人鬼もまた、同じ思いにとらわれている点である。この人物が異常な行動に出るのは、失われた若い時代を取り戻そうとする飽くなき欲求であり、老いていくことへの恐怖なのだ。この殺人鬼を象徴する曲が、アメリカのシンガー、アーサー・フィールズが第一次大戦が終わる時代に発表した愉快な曲「Oui Oui Marie」(1918年)のカバーである。ここでは、ゴシック、フォーク、アンビエントなどを組み合わせた音楽を追求する現代のシンガー、チェルシー・ウルフが不気味で美しいテイストに仕上げていて、本作の雰囲気を決定づけている。

 この曲が部分的に流れるシーンでは、飛び散る血飛沫によって車のヘッドライトが赤く染まり、その光が映し出す夜の光景が赤一色となって、異常な状況ながら幻想的な印象を醸成し、本作の見どころを演出している。ある意味でマキシーンと鏡像的な関係にある、この異常な殺人鬼を演じているキャストの正体を知ることで、“老い”を恐怖として描く本作のテーマは、より明確なものとなるだろう。

 本作が最も不気味な点は、どこまでも自分の生き方を貫いて生き延びようとするマキシーンの活力が、殺人鬼の異常なバイタリティとリンクしてしまうところである。彼女が仮にこの惨劇を生き延びたとしても、一歩間違えれば殺人鬼のように、老いを恐怖と後悔と恨みとともに迎えることになるだろう。だからこそ劇中における鏡像的な二人の邂逅は、老いと若さをぐるぐるとループし続けるような気持ちの悪さがあるといえる。

 この構図が暗示しているのは、女性が自主的に選びとっていこうとする進歩的な生き方が、いつしかそれを抑圧する価値観に絡め取られ内面化していくことで、逆に新しい世代を縛ろうとする保守性に転化してしまうということではないのか。自分を押さえつけようとする古い価値観からの脱却は、気がつけば“若さ”への執着と“老い”への嫌悪となり、日々若さを失ってゆく自己の否定へとつながってゆく。

 本作全体を包み込む不気味さの源泉とは、ここで暗示された、各々の世代がいつまでもそのループから逃れられないという不安だと考えられる。そんな先行きの見えない未来に、かすかな希望を与えているのは、劇中で朝日がほのかに闇を照らし出していく、象徴的な光景である。われわれは時代を振り返ることで、繰り返される世代的対立や価値観の支配から解き放たれ、抑圧のループから逸脱する必要があるのではないか。これが、本作がたどり着いた答えなのかもしれない。

 しかし、本作の恐怖はまだ終わらない。じつは本作、「A24」作品の初となるシリーズ化が発表されているのだ。いまのところ全部で3部作となる予定で、本作の物語の前日譚を描くといわれる第2作『パール(原題)』は、すでに本作と同時に撮影されていたらしい。まだまだ続いていく、この物語とテーマは、果たしてどこに着地し、新たな要素をとり入れることになるのか。その内容によって本作は、伝説のシリーズにおける記念すべき第1作と呼ばれることになるかもしれないのだ。

■公開情報
『X エックス』
7月8日(金)より、TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー
監督・脚本:タイ・ウェスト
出演:ミア・ゴス、ジェナ・オルテガ、ブリタニー・スノウ、スコット・メスカディ(キッド・カディ)、マーティン・ヘンダーソン、オーウェン・キャンベル、ステファン・ウレ
配給:ハピネットファントム・スタジオ
2022年/アメリカ/105分/原題:X
(c)2022 Over The Hill Pictures LLC All Rights Reserved.
公式サイト:https://happinet-phantom.com/X/
公式Twitter:@xmovie_jp

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