『名探偵コナン』でしかできない離れ業 “渋谷映画”となった『ハロウィンの花嫁』

“渋谷映画”となった『ハロウィンの花嫁』

 劇場版は渋谷ヒカリエから始まる。第304話には渋谷のシーンは登場しなかったが、その放送から半年後、実世界では渋谷の街に大きなターニングポイントが訪れる。東口にあった東急文化会館が閉館し取り壊されるのである。その場所に立ったのが、この劇場版のオープニングを飾る渋谷ヒカリエというのは何とも運命的だ。いまも現在進行形で変わり続けている渋谷の街が大きな変貌を遂げるきっかけとなった時期のエピソードと同じモチベーションを持った登場人物たちが、現在の渋谷の街のなかで躍動する。これはもはや実世界と物語世界が自由に交錯し合う『名探偵コナン』でしかできない離れ業であり、さながらマルチバースにも似た高揚感を生みだす。

 しかも渋谷と聞いて誰もがイメージするようなファッショナブルな喧騒とは対照的な、忘れ去られた雑居ビルが街の片隅に確かに存在していることをアニメーションを用いて明示し、そうした渋谷の“陰”を為す部分とハロウィンでごった返す群衆という“陽”の部分でコントラストを発揮する。もちろんクライマックスシーンで渋谷の街の地上の上を蠢く液体と、中盤に登場したひっそりと地下にたたずむ貯水槽も同様の効果を持つ。ひいては終盤のスクランブル交差点での非現実的シチュエーションを宮益坂側からアプローチするショットで、観客とコナンの世界を分け隔てるように横切るJRの線路。いくつもの対照的な次元空間が登場キャラクター以上に混在しあっているではないか。

 今回の脚本は『名探偵コナン から紅の恋歌』で大阪に実在するテレビ局を模したビルヂングを容赦なく爆破し、『名探偵コナン 紺青の拳』でシンガポールのシンボルであるマリーナベイ・サンズを転覆させた大倉崇裕となれば、こうした現実と非現実の境界線の往来は群を抜いて巧く、現にクライマックスの一連の“無茶”はかえって劇場版『名探偵コナン』らしい味わい深いものへと昇華する。さらに2003年の時にはほとんど世に浸透していなかったハロウィンというイベントごとも活用し、渋谷という街の変化を次元を超えて息づかせる。街を描くことへの愛が存分にあふれており、『ガメラ3 邪神<イリス>覚醒』や『ドラゴンヘッド』などと並ぶ渋谷駅前映画の仲間に堂々と加えておきたい一作だ。

■公開情報
劇場版『名探偵コナン ハロウィンの花嫁』
全国東宝系にて公開中
原作:青山剛昌『名探偵コナン』(小学館『週刊少年サンデー』連載中)
キャスト:高山みなみ、山崎和佳奈、小山力也、古谷徹ほか
監督:満仲勧
脚本:大倉崇裕
音楽:菅野祐悟
配給:東宝
製作:小学館/読売テレビ/日本テレビ/ShoPro/東宝/トムス・エンタテインメント
(c)2022 青山剛昌/名探偵コナン製作委員会
公式サイト:http://www.conan-movie.jp

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「作品評」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる