『ハウス・オブ・グッチ』から『メディア王』まで 強烈な毒で更新されるブラックコメディ
『メディア王』のエグゼクティブプロデューサーにも名を連ねるアダム・マッケイの新作『ドント・ルック・アップ』は、リーマンショックの裏側を描いた『マネー・ショート 華麗なる大逆転』、ブッシュ政権下の副大統領ディック・チェイニーの正体に迫る『バイス』など、これまで社会問題をブラックコメディに仕立ててきた彼らしい1本だ。地球衝突コースを辿る巨大彗星の脅威を科学者は訴えるが、メディアも政府もまるで相手にせず、世間には陰謀論と嘲笑だけが蔓延っていく。“意識の高い人々”はハッシュタグ「Look Up」で連帯し、ポップスターはチャリティコンサートを開くも、それで地球の危機は回避できない。「巨大彗星」は「コロナ」にも置き換え可能で、そうするとグッと僕らにも身近な物語になる。左右かかわらず全方位を茶化すマッケイの“絶対に笑ってはいけない”地球滅亡コメディだ。レオナルド・ディカプリオ、ジェニファー・ローレンス、メリル・ストリープらオールスターキャストの顔ぶれからも、今のハリウッドで俳優たちが一番やりたいジャンルはこの重喜劇であることがわかる。
マッケイは「誰もが笑えるバックグラウンドを探すのが難しい、トリッキーな時代」と言う。※ 2010年代後半からの人権運動を経て笑いの質は大きく変わり、今もっともイジりがいがあるネタは“特権的白人”かもしれない。マレー・バートレットとジェニファー・クーリッジが演技賞にノミネートされているTVシリーズ『ホワイト・ロータス 諸事情だらけのリゾートホテル』は底意地が悪いと言いたくなるほどの作品だ。
ショーランナーのマイク・ホワイトは2017年に『47歳 人生のステータス』でミッドライフクライシスに陥る中年男の悲哀を描いており、ベン・スティラー演じる主人公が社会的に成功した同級生ばかりか、前途有望な我が子にまで嫉妬するところにシニカルな個性があった。
「ホワイト・ロータス」とは舞台となるハワイの高級リゾートホテルの名前。ドラマはバカンスにやってきた3組の客と、それをもてなす従業員たちの物語だ。ここでもアイデンティティクライシスに陥った中年白人たちのままならないあがきが描かれるが、その筆致はずっと突き放されている。母の散骨にこの地を選んだ中年女性タニヤ(ジェニファー・クーリッジ)は哀しみとアルコールで呆けており、スパで献身的な施術をしてくれた黒人女性ベリンダ(ナターシャ・ロスウェル)に肩入れして、ついには独立のための出資話を持ち掛ける。しかし、隣室に泊まる男性と運命的な出会いを果たした事から、タニヤの人生に光が射し……。
宿泊客は全員が“裕福な白人”で、従業員は黒人やゲイ、先住民族といったマイノリティばかり。全編、ハワイアンミュージックが流れ、アンバー色で統一された心地良いルックの中で白人たちのホームドラマが続く一方、ただただ搾取される従業員たちの悪戦苦闘も平行する。劇中、スティーヴ・ザーン演じる白人中年男性は言う。「帝国主義は明らかに間違いだった。でもそれが人間だ。歴史やアメリカを作った。俺たちに何ができる? 誰かに特権を譲るのもおかしいだろ」「それとも過去の罪を悔やみ続ければいいのか? 反省して休暇をやめるのか?」特権的白人たちの居直りを笑いつつ、ここには行き場を無くした白人たちの苦悶も垣間見える。分断の2010年代を経て、赦しと共存を模索するアメリカはコロナ禍によって硬直気味だ。いったい世界はどこへ向かうのか。困難なテーマと向き合う時こそユーモアとヒューマニズムが必要であり、俳優と作家たちは時に強烈な毒も盛り込みながらこのジャンルを更新し続けるのだ。
参考
https://podcasts.apple.com/jp/podcast/the-empire-film-podcast/id507987292?l=en&i=1000546093484
■配信情報
『メディア王~華麗なる一族~ シーズン3』(全9話)
U-NEXTにて見放題で独占配信中
企画・製作総指揮:ジェシー・アームストロング、アダム・マッケイ、ウィル・フェレルほか
出演:ブライアン・コックス、ジェレミー・ストロング、セーラ・スヌーク、キーラン・カルキン、アラン・ラック、ニコラス・ブラウン、マシュー・マクファディン、ピーター・フリードマン、J・スミス=キャメロン、エイドリアン・ブロディ、アレキサンダー・スカルスガルド
原題:Succession
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