“真摯”で“真面目”なコメディー超大作 『ドント・ルック・アップ』に感じる現実的な恐怖

過激なコメディー『ドント・ルック・アップ』

 そして、ここでケイトが悪者にされるという事態には、モデルが存在する。それは、地球温暖化問題をうったえる環境活動家のグレタ・トゥーンベリが、国連で感情をあらわにして各国にすみやかな対策を求めた場面だ。当時16歳のトゥーンベリが、世界の注目する舞台に一人で立って、人類全体の問題についてスピーチをした勇気には賞賛が集まったが、SNSでは、彼女を批判したり笑いものにする書き込みにあふれることになった。そして、当時のアメリカ大統領ドナルド・トランプも、「落ち着け、グレタ」と、その態度を揶揄したのである。

ドント・ルック・アップ

 だが、彼女が大きな声を出そうが出すまいが、このまま地球温暖化に対して抜本的な対策をとらなければ、地球環境に甚大で不可逆的なダメージが発生するという事実は変わらない。彼女がスピーチで述べたのは、「科学者たちの声に耳を傾けるべき」という意見なのである。そのような声を無視して笑いものにしたところで、問題は依然として悪化し続けている。本作における、アメリカ政府や一部の人々が問題の解決を先送りにして、進んで破滅への道を歩んでいく姿は、不条理で荒唐無稽なものにしか見えないが、じつは現実の社会もまた、環境破壊問題をはじめとして、まさに同じことをしているのである。

 「笑えないコメディー『マネー・ショート』が浮き彫りにする、人間社会の悲喜劇」でも書いたように、アダム・マッケイ監督の過去作『マネー・ショート 華麗なる大逆転』(2016年)においても、この種の破滅は描かれていた。2008年に起こった経済危機「リーマン・ショック」は、いきなり自然発生的に起こったものではなく、利益のみを生み出そうとする金融市場が無謀な住宅ローンをビジネスに組み込んだ“人災”であった。

 この作品ではそれによって、最も被害を受けたのは金融マンなどではなく、その影響で家を手放さざるを得なくなった、弱い立場にある多数の市民だということが描かれた。クロエ・ジャオ監督が、家を持たず車で各地を移動しながら働く人々を描き、アカデミー賞作品賞を受賞した『ノマドランド』(2020年)は、そうやって家を失い貧困層となった人々の、続きの物語でもあるのだ。社会問題の多くは、このように連続性をともなっている。

ドント・ルック・アップ

 さて、『ドント・ルック・アップ』の荒唐無稽な物語と現実とのリンクは、さらに強い結びつきを見せていく。アメリカ社会は、彗星の脅威をうったえる人々と、天の恵みだと主張する人々で二分されることとなるのだ。そうなった理由は、大手企業が彗星にレアアースが存在することに目をつけ、彗星を一気に破壊するのではなく、地球にぶつかる直前で分割し、資源を採掘する作戦を提言したためである。だがその作戦は、人類はもちろん、地球の全生命をリスクにさらすものでもあった。それを国民に納得させるために、大統領は雇用問題の改善を旗印として、国の失業者たちに作戦を支持するよう仕向けるのだ。もしそれが失敗すれば、雇用問題どころの話ではないはずなのだが。

 この手法は、まさにドナルド・トランプが大統領選で行ったものと同じだ。トランプは、基本的に富裕層や大企業を優遇する政策をとろうとしていた。つまり、職を手に入れたとしても低所得者たちは、大企業や富裕層に搾取され続けるはずなのである。にもかかわらず、一部の低所得者層はトランプをヒーローだとして、熱烈に支持するようになっていったのだ。このような矛盾したアメリカ社会の異様な構図が、彗星騒動を利用して描かれているのは見事としか言いようがない。ちなみにアダム・マッケイ監督は、ドキュメンタリー作品『Qアノンの正体』(2021年)の製作総指揮も務めている。

 さらに本作は、国民が二つの派に分断されたことで、双方の陣営を「どっちもどっち」として冷笑する人物の出現も描いている。それが、劇中の彗星騒動をコメディー映画化した映画監督(クリス・エヴァンス)である。彼は、どっちの陣営にも立たず、全てを俯瞰するように撮っているという意味の発言をしているが、彗星を脅威だとする意見と、脅威ではないとする意見が、「どっちもどっち」だなんてことがあるだろうか。この種の人々は明確に態度を表明しようとせず、単に問題を混ぜっ返しているだけで、何の役にも立っていないばかりか余計な混乱をもたらしていると、本作は喝破しているのだ。

ドント・ルック・アップ

 アダム・マッケイ監督自身が、この劇中の映画監督を批判的に描いているということは、つまり本作が、そのような“冷笑的”な作品ではないという宣言になっているということでもある。『バイス』でジョージ・ブッシュ政権を痛烈に批判したように、『マネー・ショート 華麗なる大逆転』で、拝金主義的な社会が貧困者を生み出したことに怒りを表したように、ここでも彼は特定の政治思想を貫くことで、社会の一助になろうとしているのだ。その意味において本作は、きわめて“真摯な”、そして“真面目な”コメディーであるといえるのである。

■配信情報
Netflix映画『ドント・ルック・アップ』
一部劇場にて公開中
Netflixにて独占配信中
監督・脚本:アダム・マッケイ
出演:レオナルド・ディカプリオ、ジェニファー・ローレンス、ロブ・モーガン、ジョナ・ヒル、マーク・ライランス、タイラー・ペリー、ティモシー・シャラメ、ロン・パールマン、アリアナ・グランデ、スコット・メスカディ、ヒメーシュ・パテル、メラニー・リンスキー、マイケル・チクリス、トメル・シスレー、ケイト・ブランシェット、メリル・ストリープ
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