ジェーン・カンピオンの堂々とした到達点 『パワー・オブ・ザ・ドッグ』にみる“革命の力”

『パワー・オブ・ザ・ドッグ』の“革命の力”

 カウボーイたちが牛の群れを遠隔地へと運ぶ「キャトルドライブ」を題材にした『赤い河』(1948年)という、大スケールで描かれた映画がある。巨匠ハワード・ホークスを監督に、西部劇スターのジョン・ウェインと、新進の人気俳優モンゴメリー・クリフトが共演した名作だ。

 いまでいえばトム・クルーズに似ている、ハンサムな顔立ちのモンゴメリー・クリフトは、その撮影現場で孤立しながら時間を過ごしていたのだという。繊細で進歩的な社会観を持っていた彼は、ジョン・ウェインやハワード・ホークスの会話があまりにも粗野過ぎて、彼らの輪に加わることができなかったのだ。ホークス作品に出演していたローレン・バコールは後年、監督が差別的発言を繰り返していたと回想している。

 しかし興味深いことに、完成した『赤い河』は、粗野なカウボーイたちの旅を題材にしながらも、そんな旧世代の人間と、新しい世代の葛藤を描いた意義深く進歩的なテーマを示し、ガンファイトが中心に描かれない異端的な西部劇ながら、西部劇映画の一つの頂点といえるものになっているのだ。

 ここで紹介する、ジェーン・カンピオン監督の映画『パワー・オブ・ザ・ドッグ』は、『赤い河』とは設定のみならず、世代間の問題を描いたテーマも非常に近いところがある。その意味で本作は、現代にあらためて撮られた、新しい『赤い河』とも呼べるかもしれない。そして、成功した女性監督の代表的な存在といえるカンピオン監督は、1967年に出版されたトマス・サヴェージの同名小説を原作に脚本を書き、演出を手がけることで、さらなる先進的なメッセージを発信している。

 だが西部劇のように見えるとはいえ、本作『パワー・オブ・ザ・ドッグ』の舞台は1925年。あと14年で第二次世界大戦が勃発する年代で、これを「西部劇映画」と呼ぶには、あまりに年代が新し過ぎるといえる。そんな時代にまだまだ西武開拓時代にしか見えない、モンタナ州の自然のなかにある畜産農場が本作の舞台である。

 アメリカの小学生の歴史教科書には、「映画では危険だったり勇敢な存在として描かれているカウボーイたちですが、実際は家畜の世話をする地味な存在でした」という説明がなされている。本作で映し出されるのも、そのような農場での日常的な仕事である。馬の調教や乗馬訓練をしたり、牛から剥いだ皮の製品への加工、雄牛を去勢するために睾丸を刃物で切り取ったりなどの、生々しい光景も描写される。

 その農場を経営しているのが、バーバンク兄弟だ。ベネディクト・カンバーバッチが演じる、兄のフィルと、ジェシー・プレモンスが演じるジョージ……この二人は、多くの点で対照的な面を持っている。フィルは高い教育を持ちながら、雇っているカウボーイたちと一緒に荒くれた態度で、傍若無人に振る舞っている。その一方、ジョージは学校を落第して、兄とともに農場で働いている人物ではあるものの、落ち着いた性格で周囲の気配りを欠かさない、温和な態度を見せている。

 ジョージは、兄やカウボーイらとともに訪れた食堂で、そこを経営する未亡人ローズ(キルスティン・ダンスト)に恋をする。まもなく二人は結婚し、ローズは農場の屋敷に迎え入れることになるのだった。ちなみに、このカップルを演じるキルスティン・ダンストとジェシー・プレモンスは、実生活のパートナーでもある。

 だが、それを面白く思わないのが独身の同居人である、ジョージの兄フィルだ。彼はローズが一人でいるところを見計らい、陰湿な方法で彼女に精神的なダメージを与え、彼女の連れ子であるピーター(コディ・スミット=マクフィー)を「女のような奴だ」と、カウボーイたちとともに侮辱する。そんなフィルとピーターの関係は、まさに『赤い河』撮影現場の、ハワード・ホークス監督とモンゴメリー・クリフトのようではないか。このように、自身は結婚を考えず、弟の結婚相手にひどい嫌がらせをするフィルの心理の謎は、次第に明らかになってゆくことになる。

 男尊女卑の姿勢で、「女なぞ簡単に手に入る」と豪語して弟を弱らせているフィル。彼は物語の早い段階から、女性を避け攻撃的な態度を見せ続けることで、彼が女性に性的な興味がなく屈折を抱えていることが、すでに示唆されている。一方で、彼がことあるごとに話題に出すのが、いまは亡きブロンコ・ヘンリーという男性のことだ。年上のブロンコは、農場で様々な世話を焼いてくれた恩人であり、この世を去るまでフィルのかけがえのない友人であったという。



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