「無限列車編」と「遊郭編」から占う、TVアニメシリーズ『鬼滅の刃』の行く末
さて、「無限列車編」を経て、ついに始まった「遊郭編」。驚かされるのは、これまでの作風はそのままに、さらに手がかかった画面づくりが達成されているという点である。花街を舞台に、“ド派手”なことが大好きな鬼殺隊柱・宇髄天元(うずい・てんげん)との任務が展開する内容だけに、オープニングから華やかなエフェクトできらびやかな印象が与えられる。同時に、闇と妖しい光によって遊郭に潜む悪を暗示する、これまでにないダークでアダルトな雰囲気が特徴となっている。
現在の放送分では、宇髄天元の嫁である3人の“くのいち”が鬼の情報を得ようと女郎屋に潜入して消息を絶ったという事態を調査するため、竈門炭治郎、嘴平伊之助、我妻善逸の鬼殺隊・同期トリオが天元とともに遊郭に乗り込むところまでが描かれた。まだ年若い炭治郎たちは、女装をしてそれぞれ女郎屋に雇われることに成功。住み込みで働きながら、くのいちたちの消息を調べ始める。
本シリーズの開始前、SNSなどで物議を醸していたのは、「遊郭」の描写についてだった。大正時代の花街のきらびやかで幻想的な雰囲気、そしてモデルになっているだろう「吉原」が江戸時代に政府公認の遊び場とされていたとはいえ、本質的には売春宿の集まりであり、金で売られた数千人という規模の遊女たちは、人権を無視された扱いを受けていたことが、歴史的事実として知られている。
このような歴史を踏まえ、そんな遊郭の問題を前提にした上で大人が鑑賞するぶんには、通常の作品鑑賞と変わらないはずである。だがビッグコンテンツとなり、小さな子どもたちに大人気となった『鬼滅の刃』だけに、とくに説明もなく「遊郭」という存在が描かれるのはどうなのかという議論が起こったのである。おそらく、原作者の吾峠呼世晴も、このような事態になることが事前に分かっていれば、ある程度作中でフォローを加えたり、遊郭につきものの問題を描いていたのかもしれない。
TVアニメ版では、このような点について、どのように対処するのかが焦点になっている部分もあったが、作品の豆知識が語られる「大正コソコソ噂話」で、いまのところスルーしているように、シリーズの中で遊郭をどのように位置付けるかについては、言及を避けるのではないかと思われる。おそらく、そのあたりに手を入れてしまうと、遊郭に巣食う鬼を退治したところで、一件落着というわけにいかなくなるという事情もあるからだろう。その結果として、子どもたちの世代に対して、売春行為を一つの文化として追認しているような表現を提供することになったのは事実だ。
ただ、原作者がとくに何の意図もなく遊郭を舞台にしているわけでないのも確かだろう。これまでのエピソードにおける「鬼」という存在は、日本の社会における隠された悲劇や残酷さ、理不尽さを象徴するものでもあったはずだ。“遊郭に強い鬼が存在している”という表現は、そこに重大な問題があったことが潜在的に示されているともいえるのである。また、この後のエピソードでは、きらびやかな遊郭のイメージとは異なる、濃い闇の部分も明かされていくはずだ。
作品に託されている意図や、時代背景などを知ることで、漫画やアニメーションは、より深く興味深いものとなる。作品自体が十全に説明をしないのであれば、受け手側がそこを補完する必要が生じてくる。そんなときこそ、作品の背景や歴史的事実を解説する評論家などの腕が発揮されるところだともいえる。そういった見方をすることで、『千と千尋の神隠し』(2001年)が、日本の温泉地に伝統的に存在していた風俗産業を暗示していることを理解することができるし、そこで表現者が何を観客、視聴者に語りかけているのかを深く考えることが可能になるはずである。
小さな子ども向けの作品では、通常「遊郭」のようなものを題材とすることはないし、そもそも『鬼滅の刃』は、小さな子どものために描かれているわけでもない。しかし、ここまでアニメシリーズが人気になったことで、小さなファンたちはそこに触れざるを得ない状況になっており、親たちはそれなりに頭を悩ませているのは確かなことだ。
であれば、このビッグコンテンツをきっかけに、人の身体を金で買うという行為がどのようなことであるのかを、大勢で考えるきっかけになり得るという、プラスのとらえ方もあるはずである。昭和31年より、日本では人権の観点から売買春が法律で禁止されている。にもかかわらず、グレーゾーンの脱法的なビジネスが現在も存続しているのは事実だ。『鬼滅の刃』ファンの子どもたちの世代が、そういった社会の現状をどう考えるのか、起点の一つになり得るのだとしたら、本シリーズには社会的な意義が出てくるかもしれない。
また「遊郭編」は、全ての鬼を統べる鬼舞辻無惨(きぶつじ・むざん)の率いる、“上弦の鬼”との死闘が本格的に幕を開けるシリーズでもある。煉獄杏寿郎が、その身を焦がし、隊服を鮮血で染めながら凄絶な戦いを繰り広げたように、上弦とのバトルは、死を覚悟して挑まなくてはならない、残酷さをきわめたものとなっていくだろう。TVアニメ『鬼滅の刃』が、今後どれほど凄惨なバイオレンスを描くことになるのか……その意味では、本シリーズがその指標となりそうだ。
「遊郭編」以降、展開はさらに佳境に入り、おそらくは新たな劇場版も発表されることになるだろう。ある面で日本を代表することになるだろう『鬼滅の刃』アニメシリーズが、ここで紹介したような様々な問題をも含みながら歩みを進めていくことは、今後の日本のアニメーションを占うための、大きな材料となるはずである。
※煉獄杏寿郎の「煉」は「火」に「東」が正式表記。
※鬼舞辻無惨の「辻」は一点しんにょうが正式表記。
■放送情報
TVアニメ『鬼滅の刃』遊郭編
フジテレビ系にて、毎週日曜23:15~23:45放送
キャスト:花江夏樹、鬼頭明里、下野紘、松岡禎丞、小西克幸、沢城みゆき、石上静香、東山奈央、種崎敦美ほか
オープニングテーマ: Aimer「残響散歌」
エンディングテーマ: Aimer「朝が来る」
原作:吾峠呼世晴(集英社ジャンプ コミックス刊)
監督:外崎春雄
キャラクターデザイン:松島晃
アニメーション制作:ufotable
(c)吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable
公式サイト:https://www.fujitv.co.jp/kimetsu