神山健治&荒牧伸志監督『攻殻機動隊 SAC_2045』から考える、CGと実写の境界

『攻殻機動隊 SAC_2045』で知るCG

フル3DCGのテクスチャーの可変性

『ULTRAMAN』Netflixにて配信中

 作り方の接近はおのずと、実写とアニメーションの感覚が近づくことを意味する。だが、私たちは両者を現に区別して鑑賞している。実際、『ULTRAMAN』を観て「これは実写だ」と思ったり、『アベンジャーズ』を観てただちに「アニメだな」と思ったりしていないはずだ。

 『アベンジャーズ』と神山・荒牧監督が作った直近の2作を比べれば、表面のテクスチャーが異なることは一目瞭然だ。神山監督は、実質的には(作り方としては)CGアニメーションと化しているマーベル作品は、極めて現実と見分けのつかない緻密なテクスチャーにすることで、アニメと住み分けているのだと語る。(※10)

 ディズニーの2019年の映画『ライオン・キング』は、動物のキャラクターも背景も全てフル3DCGで作られた作品だったが、実際の動物と見分けのつかないレベルのキャラクターを再現し、「超実写」という奇妙な言葉で宣伝された。この単語が何を指すのかはいまいち判然としないが、現実と見分けのつかないCG映像を見た時、私たちはそれをアニメーションとは認識しないということは言えるかもしれない。

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 翻って、『SAC_2045』や『ULTRAMAN』のキャラクターのテクスチャーは、『ライオン・キング』などとは異なり、セルルックと呼ばれるアニメ的なルックとフォトリアルの中間的な印象だ。

 この2作のCGを制作しているのは、荒牧監督が率いるSOLA DIGITAL ARTSだ。この会社は、以前にはもっとフォトリアルなフル3DCG作品を制作している。2012年の『スターシップ・トゥルーパーズ インベイジョン』、2014年『アップルシード アルファ』、2018年の『スターシップ・トゥルーパーズ レッド・プラネット』などだ。これらの作品は、『SAC_2045』などと同様の制作手法だが、テクスチャーはより実写に近い。

 CGの本来の魅力は、絵柄やテクスチャー選択の自由度にある、と荒牧監督は言う。

フルCGではいろんな絵柄にチャレンジできる楽しみがあります。実写っぽいルック(見栄え、見え方)にもできるし、アニメっぽいルックにもできる。その選択肢の多さを自分は面白いと思っているし、またこういう作品のオファーがあればフルCGで作ってみたいと思います。(※11)

 神山監督の2012年のフル3DCG映画『009 RE:CYBORG』は、この2作よりも手描きアニメに近いルックの作品だ。一口にセルルックと言っても様々なレイヤーがあり、作品に応じて最適な選択をできるのが、フルCG作品の強みなのだ。

 このようなテクスチャー選択の自由は、実写映画にはないし、従来の手描きアニメでも容易ではない。実写とアニメの中間領域に存在する膨大なテクスチャーの選択肢を、神山監督と荒牧監督は自在に選択して作品を作っている。

 現実を模倣するだけがCGの表現ではない。むしろ、可変性にこそCG本来の魅力がある。ハリウッド映画は「実写」という形で制作するためにリアルでなければならず、テクスチャーの選択肢は制限されているとも言える。

実写とアニメの運動の省略と創造

 アニメは動きを省略していると言われる。それは、通常の映像が1秒24コマであるのに対して、日本のアニメの多くが、同じ絵を3コマ連続で使い、実質1秒8コマの絵で構成されることを指しているだろう。その手法はリミテッド・アニメーションと呼ばれ、1秒24コマや12コマで描かれるアニメーションをフル・アニメーションと呼ぶ。

 それを「フル」と呼ぶのは、映像が1秒24コマであるという前提に立っているからだ。しかし、今日のデジタルシネマカメラは、2K画質で1秒240コマのハイスピード撮影すら可能だ。それに比べれば24コマもまた大幅に動きを省略しているともいえる。アン・リー監督の『ジェミニマン』は全編1秒120フレームの映像で作られている。見慣れないその映像は多くの観客に「映画っぽくない」という印象を与えたが、現実に切り取った映像であることは間違いなく、むしろ現実の記録という点ではフレーム数が多ければ多いほど、記録の正確性は増しているともいえる。

 フレームレートの違いは運動の印象を劇的に変える。ビデオサロン公式YouTubeには、移動する列車を写した映像を4つの異なるフレームレートで比較した動画がある。24pと60pを比べると、24pには「間引き感」があり、チラつきを感じるが、60pは滑らかでチラつきが少ない。列車の速度は全て同じであるが、24pの残像感ある映像の方が、60pの滑らかすぎる映像よりも、列車が速く動いていると感じられる。

 どれが「真実」に近く、「現実」を切り取ったものかを問うことは意味がない。確実に言えることは、フレームレートを変えるだけで、運動の印象は「創造」できるということだ。このハイスピード撮影は、現在の実写映画、とりわけアクション映画のようなジャンルでは欠かせないものになっている。ハイスピードのフレームレートで撮影しておいて、編集段階でコマを抜いて、アクションの速さを調節するという演出は、日常茶飯事に行われている。アニメの作画の「タメ詰め」の考えとほとんど同じだ。

 いや、アクション映画だけがそのような速度の調整による演出を行っているわけではない。例えば、デヴィッド・フィンチャー監督の『Mank/マンク』では編集マンが、分割画面を活用して、各人物の動きを細かく調整していることを明かしている。

 もっと言えば、デジタル以前から実写映画では魅力的な運動を生み出す、様々な工夫があった。

 時代劇のチャンバラは型が重要だ。型を美しく見せるためには、少しゆっくり芝居をした上で、フィルムの回転数をいじることで、素早い立ち回りに見せるという手法はよく使われている。阪東妻三郎のチャンバラシーンはカメラマンによって以下のように運動を作っていたそうだ。

カメラマン鈴木博氏も、刀をふりかぶった時は遅く、斬りおろすときははやくという風に、独特のカメラ技術を編み出して阪妻の殺陣を効果的にした。(※13)

 フランスの映画批評家アンドレ・バザンは、『映画とは何か』で、映画の本質は、写真の「本質的な客観性」を時間の中で完成させたもの、つまり「運動の記録」にあるとした(※14)。写真が本当に「本質的に客観的」かどうかという議論もあるが、とりあえずそれを前提としても、「運動の記録」が本当に可能かどうか、そして実写映画は本当に客観的に運動を記録してきたのかは、再考すべき点だろう。静止画をどれほど集めれば、真の意味で運動の記録は叶うのか。それはだれにもわからないのではないか。

『ULTRAMAN』Netflixにて配信中

 『SAC_2045』と『ULTRAMAN』は、セルアニメ的なテクスチャーで、モーションアクターの動きを基に、1秒24コマでキャラクターが動く。アニメーションでは24コマでの動きを「フルコマ」と呼ぶ。しかし、上記のデジタルカメラでの例を考えると、そもそも「フル」とは何がフルなのかよくわからなくなってくる。デジタルカメラの性能の向上は、1秒24コマという映像の前提に再考を迫っている。

 「フルコマ」という呼称の妥当性はここでは議論しないが、神山監督と荒牧監督がこの2作品で、1秒24コマを選び、生身の肉体の微細な揺らぎも含めて映像に反映させることで、従来のアニメとは異なる印象を作りだしている。

神山:今回は、3DCGでモーションキャプチャを使う前提を最大限に生かし、どういう面白い作品が作れるかが“攻めた”部分で、アニメなのかと問われると、アニメじゃないかもしれません。でも何かちょっと変わった映像ができたことを面白がっていて。そこに行くには振り切らないといけない、だからなるべくそっちに行ってみようと。最初はコマを抜いて2コマで動かすことでアニメっぽい動きに挑戦しようとしたんですが、結果的に一番いいのはフル(コマ)で表現することだなと。(※15)

 一方、神山監督の『009 RE:CYBORG』は、上述の引用で言及されるような「アニメっぽい動き」を作っている。『SAC_2045』や『ULTRAMAN』は、セルルックにアニメっぽい動きという組み合わせではなく、セルルックに実写映画の動きという組み合わせに挑んだわけだ。

Body4テクスチャーと運動の4つの組み合わせ

 テクスチャーと運動の組み合わせは、ざっくり以下のような4つのパターンにまとめることができるだろう。

(1)リアルなテクスチャーでコマ数が多い
(2)リアルなテクスチャーでコマ数が少ない
(3)非リアルなテクスチャーでコマ数が少ない
(4)非リアルなテクスチャーでコマ数が多い

 これを、縦軸にテクスチャー、横軸に運動の違いとして表にまとめると、この記事で挙げた作品群は、以下のようにマッピングされる。

 各作品の位置については、筆者の独断でざっくりとマッピングしているので、正確だと思わないでほしい。まあ、大体この辺りだろうくらいの感じだで見てもらえると幸いだ、それに同じ作品の中でもシーンごとにコマ数は変わるし、キャラクターは非リアルで、背景はリアルという場合もある。それらを考慮すると、本当はタイトルごとではなく、シーンごと、要素ごとに分類した方が良いのだが、わかりにくい表になってしまうので、各タイトルの全体の印象による便宜上の分類だと思ってほしい。

 ほとんどの実写映画は(1)に属する。そして、日本アニメの多くは(3)に入る。そして、『ULTRAMAN』や『SAC_2045』のような作品は(4)に入るだろう。ちなみに、ディズニーやピクサーの3DCG作品は、人形風のキャラクターデザインをベースに考えると(4)に属すると思われる。

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 そして、荒牧監督が過去に製作した、『アップルシード・アルファ』や『スターシップ・トゥルーパーズ レッド・プラネット』は、(1)の実写と同じ象限に入るだろう。しかし、テクスチャーのリアルさで生身の俳優をカメラに写す実写映画とは差がある。(2)はほとんど未踏の領域だが、庵野秀明監督の『キューティーハニー』の1部のシーンや本連載でも取り上げた「ピクシレーション」と呼ばれる手法で作られた、ノーマン・マクラーレンの『隣人』はここに属する。(※16)

 デジタル技術の発展は、映像作品のテクスチャーと運動の組み合わせをこれだけ自由にしているわけだ。この自由が荒牧監督のいう、3DCGの面白いところなのだろう。

 ハリウッド映画は「実写」という建前なので、これだけ広大な選択肢の中で、(1)の象限の上の方に縛られていると言えるかもしれない。ここを外れてしまうと、世界中の観客が見慣れた「実写」の感触から外れてしまい、違和感を感じさせることになるのだろう。ディズニーやピクサーも右下の領域で作品を作り続けている。

 神山監督は、この象限をかなり自由に飛び回って作品作りを実践している。短編の実写映画を監督したこともあるので、(1)の象限にも作品を発表している。4つの象限中、3つの象限を経験しているのは、実験映像の作家ならいざ知らず、商業映画作家としては珍しいのではないか。

 こうしてみると、「実写」にこだわるのは不自由な気もしてくる。題材ごとに最適なテクスチャーと運動の組み合わせがあるはずで、それは必ずしも(1)の象限とは限らないはずだ。神山監督と荒牧監督の試みは、そういう問いかけとして機能していると筆者には思える。

 同時に、日本のアニメも(3)の象限に固執せず、もっと広い可能性を模索してもいいのかもしれない。ブルーオーシャンである(2)の象限を追求する作家がもっと増えてもいいだろう。

 だが、この自由は、観客の感性や作り手の慣習のようなものに縛られ、フルにその真価を発揮できていないかもしれない。

 神山監督は、そのことに大変に自覚的な作家だ。それは以下の発言でよくわかる。

「CGで何かアニメ的な映像をつくっていれば、それでいいのではないか?」と思っていた時期もあります。荒牧さんはCGでつくっているんだから、「アニメでも実写でもない見たことのない何か」をつくりたいのかもしれません。だけど僕に言わせれば、その“見たことのない何か”は、何物でもない。誰も見たことのないものは、存在しないと思っています。強いて言うなら、そこが僕と荒牧さんの唯一の齟齬(そご)なのかな。僕たちがつくっているのはアニメなのか、実写になろうとしている途中の成果物なのか、それを決めようよ……と葛藤していたのが、この3年間でした。
<中略>
マーベル映画だと、実質的にはCGアニメなんだけど、緻密なテクスチャを作りこむことで、実写映画としてアニメと住み分けをしている。「どこからがアニメなのか」という、お客さんにわかりやすいルール設定が肝心なのだと思います。
日本のCGアニメは、そこまでのルールが確定できていないと感じています。セルルックのCGにすると、今度は作画のアニメと比べられてしまう。たとえばモーションキャプチャーを使ってセルルックにすると、どうして気持ち悪いのか。コマを抜いて作画に近い動きにするのか、それとも動きはリアルなままにするのか、セルルックなりのルールを提示すべきではないかと思うんです。(※17)

 この神山監督の葛藤を咀嚼すると、自由の謳歌というより、「右往左往」というべきかもしれない。

 だが、ルールを定めて領域を固定すれば、それ以外の表現の可能性を摘むことにもなる。それはそれでもったいないと筆者は感じてしまう。写真のインデックス性に縛られることなく、コマの数の制約もなく、より自由な発想で映像を拡張できる可能性が、神山監督や荒牧監督の挑戦にはあるのではないか。

 それはもしかしたら、商業作家よりも実験映像作家の領分かもしれない。だが、神山監督ははからずも、同時代のどの商業映画作家よりもこの4象限を自由に飛び回っている。その姿は結構まぶしく輝いていて、神山健治を特別な作家に押し上げている要因だと筆者は思うのだ。

 神山監督の言う「観客にわかりやすいルール」は、私たち観客の鑑賞眼によって増やすこともできるはず。映像の可能性は、作家だけでなく観客の手にも委ねられているのだ。

引用

※1:『映画は撮ったことがない ディレクターズ・カット版』、神山健治著、講談社、P37
※2:『シン・エヴァ』ラストカットの奇妙さの正体とは 庵野秀明が追い続けた“虚構と現実”の境界 https://realsound.jp/movie/2021/04/post-746406.html
※3:アニメ『ULTRAMAN』神山健治&荒牧伸志インタビュー | アニメイトタイムズ https://www.animatetimes.com/news/details.php?id=1553842418
※4:『アップルシード・アルファ』ブルーレイ・ディスク特典、「SHINJI ARAMAKI CREATOR`S NOTE CREATORS` TALK 荒牧伸志×松本勝×河田成人」、P73
※5:神山健治×荒牧伸志両監督に聞く、「ULTRAMAN」からにじみ出る“特撮感”と“オールドスクールなこだわり” - ねとらぼ https://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1904/01/news114.html
※6:『映画テレビ技術』2012年8月号、『スターシップ・トゥルーパーズ インベイジョン』荒牧伸志監督に聞く、是枝久美子、P36
※7:『映画テレビ技術』2018年2月号、劇場用長編フルCG映画『スターシップ・トゥルーパーズ レッドプラネット』荒牧伸志監督・松本勝監督インタビュー、堀木三紀、P26
※8:「何が、アニメをアニメたらしめているのか?」――「スター・ウォーズ」「ブレードランナー」「ロード・オブ・ザ・リング」など、超大作企画にもまれる神山健治監督からの問いかけ【アニメ業界ウォッチング第82回】 - アキバ総研 https://akiba-souken.com/article/52741/
※9:『映画は撮ったことがない ディレクターズ・カット版』P38 神山健治 講談社
※10:※8と同じ
※11:『スターシップ・トゥルーパーズ インベイジョン』監督インタビュー | アニメイトタイムズ https://www.animatetimes.com/news/details.php?id=1342448532
※12:ビデオサロン6月号特集 フレームレート比較 
https://www.youtube.com/watch?v=5R3nAv-jerk
※13:『殺陣 チャンバラ映画史』永田哲朗、現代教養文庫、P82
※14:『映画とは何か』アンドレ・バザン、岩波文庫
※15:※5と同じ。
※16:実写なのにアニメ―ション? 『PUI PUI モルカー』から“ピクシレーション”を考える https://realsound.jp/movie/2021/03/post-716514.html
※17:※8と同じ

参考資料

・KAWADE夢ムック『総特集 神山健治』河出書房新社
・ぴあMOOK『009 ぴあ』ぴあ株式会社
・『FREECELL』Vol.31、「神山健治×荒牧伸志 『攻殻機動隊 SAC_2045』」
・『真・女立喰師列伝』公式解説書、ソフトバンククリエイティブ株式会社
・『鈴木敏夫のジブリ汗まみれ』、「神山健治『009』とアニメ制作の未来」、鈴木敏夫著、復刊ドットコム
・『SFマガジン』2012年8月号、「荒牧伸志監督インタビュウ」、早川書房
・『映画は撮ったことがない 映画を撮る方法・試論」、神山健治著、INFASパブリケーションズ

■配信情報
Netflixオリジナルアニメシリーズ『攻殻機動隊 SAC_2045』
Netflixにて配信中
声の出演:田中敦子、阪脩、大塚明夫、山寺宏一、仲野裕、大川透、小野塚貴志、山口太郎、玉川砂記子
原作:士郎正宗『攻殻機動隊』(講談社 KCデラックス刊)
監督:神山健治×荒牧伸志
キャラクターデザイン:イリヤ・クブシノブ
音楽:戸田信子×陣内一真
オープニングテーマ:millennium parade × ghost in the shell: SAC_2045 「Fly with me」
音楽制作:フライングドッグ
制作:Production I.G × SOLA DIGITAL ARTS
製作:攻殻機動隊2045製作委員会
(c)士郎正宗・Production I.G/講談社・攻殻機動隊2045製作委員会

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