赤楚衛二、桐谷健太らの好演が高める共感性 今回の『世にも奇妙な物語』はいつもと違う?
子供の頃はワクワクしながらも、オープニングとエンディングで“あの曲”が流れる時には手を叩かないと少し不安だった『世にも奇妙な物語』(フジテレビ系)。1990年から続くそれは、時代とともにオムニバスで描かれる物語の作風も変化していった。簡単に区別するなら、ホラー回、サスペンス回、感動回、コメディ回というように、4〜5本の中でガラリと違う様子のものがまとめられていたが、近年は1990〜2000年代に比べてホラー要素が減ったり、逆に以前は箸休め的な形で組み込まれていたような作風のものが増えたりしていた。もちろん、全てが“世にも奇妙な物語”であることには違いないから、正解・不正解なんて話をするのは違う。ただ、近年は少しソフト気味ではあるかな……という印象だったのも確か。さて、『’21秋の特別編』は、特にそんなふうに考えていた筆者のような視聴者に、心地良いしっぺ返しを喰らわせる、粒ぞろいの傑作回だ。
毎回、我らがタモリはイントロダクションで全く異なる物語の主人公たちに一つの共通点を与える。今回は15世紀末の大航海時代にコロンブスの言った「生きて帰ることを前提とした航海など、ありえない」という言葉を引用しながら、冒険をすることは常に命の危険と隣り合わせだったと語る。しかし、時代が変わり、テクノロジーの進化とともにどこに行くにも旅は安全で快適なものになったことで、“冒険”というものはなくなりつつある、と言うのだ。
今回紹介される4作品、『スキップ』『優等生』『ふっかつのじゅもん』『金の卵』における主人公はみな、この“冒険”に出かけることになる。特に、前半の2作はタモリの言うようにテクノロジーの進化に伴い、能力の低下も騒がれる若者への危機感に対する警鐘として非常にうまくできた作品だ。
今飛ぶ鳥を落とす勢いでブレイクしている赤楚衛二は、『スキップ』でごく普通の大学生を演じる。サッカーの合宿、テスト、だるいことはYouTubeの動画みたいに“スキップ”したい。日頃そう感じていた彼が、ある日人生を“スキップ”させる力を手に入れる。時間がかかる、面倒くさいことに対する忍耐力が著しく低下していく現代の若者像を体現したキャラクターだ。一方で、何の気なしに見ていたはずの動画アプリには、気がつけば膨大な時間を吸い込まれている。どこかミヒャエル・エンデの作品を彷彿とさせるような本作のテーマは、人生で限られた青春時代をどう扱いたいか我々に問いかけ、あくのない等身大の学生を赤楚衛二が好演するからこそ、その恐ろしい展開に誰もが直面することになるだろうという共感性を高めた。
2作目の『優等生』は、それに比べてコメディ枠の雰囲気で進んでいくが、もしかしたらこの4作品の中で一番メッセージ性が高い秀作かもしれない。森七菜演じる女子高生の主人公は、県内随一偏差値の低い学校に通う。テストでは基本0点で、一瞬しか映らない回答欄には「タピオカ」なんて書いてある始末。基本的に画数の多い漢字も無条件に読めない。この回にも、テクノロジーが進化したことによる現代の若者の学力低下が示唆されている。
しかし、あることをきっかけに彼女が何を答案用紙に書いても、それが「100点」……つまり、“事実”になってしまう。最初は浮かれていた彼女だが、そのせいで世の中が大変なことになってしまい、テストの度に間違った答えを修正して元通りにしようと奮闘する。その過程で、一見何もやばいことが起きなさそうな問題でも、結局は全てが自分の生活に関係していることを肌で実感していくのだ。そして、世界が自分のせいでヤバくならないようにするための方法が、その場しのぎではない日頃からの「勉強」であることに気づく。なんとも素晴らしい脚本だと唸らされるのも束の間、あまりにも衝撃すぎるラストに大きな声を出してしまった。