アニメ『古見さん』には1カット、1シーンに味わい深い演出が詰まっている

 誰もいなくなった教室に、古見さんと只野が2人きりで残っている。黒猫のぬいぐるみに「にゃー」と話しかけているところを只野に聞かれた古見さんは、脱兎のごとく(あるいは冒頭の黒猫のごとく)逃げ去ろうとするが、只野に「古見さんてもしかして、人と話すのが苦手なんですか?」と声を掛けられ、俄に立ち止まる。この時、まるで結界に遮られたかのように、入り口の敷居の手前でぴたりと静止する古見さんの足元のカットが挿入される。

 実はこれに先立つシーンにも、只野が教室に入る際の足元のカットがある。敷居を跨ぐようなその所作は、この教室で何か特別なことが起こることを予告しているかのようだ。僕らは大人になるにつれて忘れてしまうのだが、確かに学校の教室は、廊下や校庭などとはまったく異質な空間なのだ。そこには他の場所とは違った密度の空気が満ち、時として他を寄せ付けない排他的な空間にもなりうる。いわば学校の教室は、日常の中に設られた“異空間”なのだ。第1話に挿入された2つの足元のカットは、教室のそうした特殊な空気感をさりげなく演出している。

 さらに背面黒板(教室の後ろにある黒板)がその舞台となっていることも大きなポイントだ(ちなみにこれは原作通りの設定である)。正面黒板と違い背面黒板は、生徒の机が逆の方向を向いていることにより、“誰にも見られていない2人だけの秘事”という印象が強まる。まして2人きりの教室となれば、そこに漂う異質感 –あるいは親密感– はいやましに増すだろう。古見さんと只野の黒板筆談は、そんな異質で親密な異空間の中で徐に始まる。

 只野に筆談を提案された古見さんは、「本当は喋りたい」という気持ちを滔々と黒板に書き綴っていく。ひとしきり自分の心情を吐露した後、古見さんは教室を後にしようとする。その時、只野が黒板に文字を書く「コンコン」という軽快な打刻音が、古見さんを再び敷居際で引き止める。ピアノの劇伴が静かに流れ始める。この一連のシーンにおける、チョークの粉が舞い落ちる様子、文字を書く際の音、黒板消しで文字を消す際の「サー」という音のリアリズムが心地いい。

 やがて古見さんと只野の白い文字が黒板を埋め尽くし、次第に画面の明度が増していく。物言わぬ黒い鉄の板が饒舌に語りだす。それまでブラックボックスのように思えた古見さんの心の内に、様々な言葉と想いが充溢していたことが、黒から白への光の転換によって視覚化される。ピアノだけだった劇伴にストリングスが加わり、一気に盛り上がったところで、2人の文字でいっぱいになった黒板が大写しになる。

 この親密な出来事は、古見さんと只野の関係性を明確に定めると同時に、物語を駆動させるきっかけともなる。「コミュ症の古見さんに99人(100人−只野)の友達を作ること」というミッションを得た只野は、この後、古見さんの内なる言葉を明るい陽光の中に連れ出すべく奔走していくことになるだろう。

TVアニメ『古見さんは、コミュ症です。』ノンクレジットOP 【サイダーガール「シンデレラ」】| 毎週水曜日24時~テレビ東京ほかにて放送中!

 オープニングとエンディングのアニメーションでも、黒板の存在が強調されている点にも注目しておきたい。オープニングアニメーション(絵コンテ:矢嶋哲生、演出:川越一生)では、第1話の黒板筆談のカットが再現され、それに返歌を送るように、エンディングアニメーション(絵コンテ・演出:千葉秀樹)のラストカットで美しい花の黒板アートが大写しになる。オープニング、エンディング、本編の間のこうした連携も見応えがある。

 念のため付言しておくが、ここで述べたような解釈が総監督や監督の演出意図を言い当てた“正解”であるかどうかはもちろんわからない。もっと言えば、アニメは複数の制作者のアイディアと作業から構成されるものなのだから、1つのカットやシーンがどの制作者の発案なのかも不明である。それらを知るためには、制作者のインタビューや絵コンテ等の資料に当たるしかない。だから差し当たりアニメを解釈するというのは、“唯一の正しい解釈”を追求することではなく、作品の表面に現れていて、誰の目にも見えている“記号”を、それぞれの解釈者の裁量で読み取ることなのだ。そして作品の表面に現れている表現の肌理が細かければ細かいほど、“ギャグアニメ”や“ロボットアニメ”といった既成のジャンルに収まりきらない、深く豊かな解釈を許容するだろう。『古見さん』はそんな作品の1つなのではないかと思う。この記事をご覧になった皆さんが、最終話まで1カット、1シーンに着目して『古見さん』のアニメを味わい尽くしてもらえれば幸いである。

■放送情報
『古見さんは、コミュ症です。』
テレビ東京ほか、毎週水曜24時より放送中
キャスト:古賀葵、梶原岳人、村川梨衣、日高里菜、大久保瑠美、藤井ゆきよ、前島亜美、ブリドカットセーラ恵美ほか
原作:オダトモヒト(小学館『週刊少年サンデー』連載中)
総監督:渡辺歩
監督:川越一生
シリーズ構成:赤尾でこ
キャラクターデザイン:中嶋敦子
美術監督:佐藤勝
色彩設計:林由稀
撮影監督:並木智
編集:小島俊彦
音楽:橋本由香利
音響監督:渡辺淳
音響制作:HALF H・P STUDIO
アニメーション制作:オー・エル・エム
制作:小学館集英社プロダクション
(c)オダトモヒト・小学館/私立伊旦高校
公式サイト:https://www.tv-tokyo.co.jp/anime/komisan/

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