『アレックス』がなぜ『STRAIGHT CUT』として蘇ったのか ギャスパー・ノエ監督に聞く

ギャスパー・ノエが語る『アレックス』

 2002年の第55回カンヌ国際映画祭で最大の衝撃作と喧伝されたギャスパー・ノエ監督作『アレックス』。強烈な描写の数々、時間軸をずらした物語は、映画史に残る一作として映画ファンの記憶に刻まれている。そんな一作が、『STRAIGHT CUT』として公開。20年前とは映画界を取り巻く状況が変化した現在、この一作はどのように受け取られるのか。制作の経緯、『アレックス』撮影当時の裏側など、ノエ監督に話を聞いた。(編集部)

全く異なる印象となった『STRAIGHT CUT』

ギャスパー・ノエ監督

――なぜ今、約20年前の映画『アレックス』(2002年)の別バージョン――「逆行」していた時間軸を「順行」に戻した『STRAIGHT CUT』を制作・公開することになったのでしょう?

ギャスパー・ノエ(以下、ノエ):そもそものきっかけは、今から約2年前、製作会社のスタジオカナルから、『アレックス』のデジタル化を勧められことにあったんだ。そのとき私は、ちょうど中編映画『ルクス・エテルナ 永遠の光』(2020年)の編集作業中で、何日も編集室にこもっていたんだけど、たまたま編集室が空いた時間にその話を思い出して、「待てよ。時間軸を正しく直した『アレックス』って、どんな感じなんだろう?」と思って試しにちょっと作業してみたんだ。悪くなかったら「Blu-rayの特典映像に入れようかな?」ぐらいの軽い気持ちでね。でも、いざ実際に映像を繋ぎ直してみたら、オリジナル版とはまったく違う印象の映画になったんだ。これには私も驚いたよ。そして、思ったんだ。「これは、Blu-rayの特典映像に留めておくべき作品ではない。劇場公開すべきだ!」ってね(笑)。それで、まずは映画祭に出品してみることにしたんだ。

――2019年に開催された、第76回ヴェネチア国際映画祭ですね。

ノエ:そう。実際、映画祭でも『STARIGHT CUT』は、非常に好評でね。「これは男性によって作られたフェミニスト映画だ!」という、20年前には想像もしなかったコメントもあった。それでフランスをはじめ、いくつかの国かで劇場公開することが決まって……今に至るっていう感じなんだ。だから、『アレックス』を観たことのある人は、是非『STRAIGHT CUT』を映画館で観て、その印象の違いを自分の目で確かめてみてもらいたいと思っている。もちろん、『STRAIGHT CUT』を観てから『アレックス』を観てもらっても全然構わないよ(笑)。いずれにせよ、同じストーリーなのに、それぞれの映画から受ける印象が、まったく違うと思うから。

――確かに印象が『アレックス』とかなり違うことに驚きました。もちろん、その理由は時間軸を変えることによって生まれた「ストーリーテリングの違い」によるものが大きいと思いますが、約20年という歳月によるもの――世の中的な価値観の変化、そして僕自身の経年による感じ方の変化もあるように思いました。

ノエ:確かに、その通りだと思う。まず、「ストーリーテリングの違い」による印象の変化について話すと、オリジナル版の『アレックス』は、物語が逆の順番で描かれることによって生まれる、サスペンス的な面白さがあったと思うんだ。そういう意味では、ラストの解釈も含めて、かなり実験的な映画だったと言えるだろう。だけど、今回の『STRAIGHT CUT』は、時系列に沿って進んでいくから、物語が非常にシンプルでわかりやすくなっていて――それによって、映像表現や登場人物たちの感情がより直接的になり、さらには登場人物たちの印象まで変わってしまったんだ。たとえば、モニカ・ベルッチ演じる「アレックス」は、オリジナル版では必ずしも「主役」と言えるポジションではなかった。だけど、今回の『STRAIGHT CUT』では、完全に「主役」と言っていい存在に変化している。今回のバージョンでは、映画の冒頭からアレックスが登場するので、観客も彼女に感情移入しやすいだろうし……もちろん、その分、彼女に突如降りかかってくる事件の暴力性や悲劇性、それによる彼女の苦しみや痛みなども、よりいっそう共有しやすくなっているから、その意味では、オリジナル版以上に、残酷な映画になっているとも言えるのだが。

――確かに、そうかもしれません。

ノエ:そして、それと同様の変化として、アルベール・デュポンテル演じる「ピエール」には、よりヒロイズムを感じるようになった。さらに、ヴァンサン・カッセル演じる「マルキュス」は、オリジナル版では主人公的な位置にいたけれど、今回のバージョンでは、かなり性格的に問題のある人物であるように思えるようになった。「ストーリーは同じなのに、ここまで登場人物たちの印象が変化するのか?」と、私自身、心底驚いたよ。そして、20年という歳月については、きみが言うように、それによって生まれ「価値観の変化」や「観客自身の感じ方の変化」などの要因もあるだろう。だけど、ここで私がひとつ言っておきたいのは、この映画は20年前だったからこそ、実現可能だったということなんだ。

――どういうことでしょう?

ノエ:今、このような映画の企画を通そうと思っても、出資してくれる人が、きっと見つからないと思うから。今の映画界では、実際に映画を作る前の企画段階で、暴力的な表現はもちろん、差別的な表現などについても、かなり細かいチェックが入るんだ。そして、ひとつでもそれに引っ掛かった作品には、誰も出資してくれない。そういう意味で、『アレックス』は、20年前だったから作ることができた映画だったし、今回の『STRAIGHT CUT』も、そんな『アレックス』があったからこそ、作ることができた作品と言えるだろう。

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