ギャスパー・ノエ監督が語る、『CLIMAX クライマックス』の舞台となった1996年と時代の変化

『CLIMAX』ギャスパー・ノエ監督が語る

 ギャスパー・ノエ監督最新作『CLIMAX クライマックス』が11月1日に公開となった。『カノン』(1998年)、『アレックス』(2002年)、『エンター・ザ・ボイド』(2009年)、『LOVE【3D】』(2015年)と作品を発表するたびに賛否を巻き起こすノエ監督が今回描いたのは、知らず知らずにLSD入りのサングリアを飲み、集団ドラッグ中毒に陥った、雪が降る山奥の廃墟に集まった22人のダンサーたちのカオスの一晩だ。

 1996年に実際に起こった事件にインスパイアされているという本作。プロモーションで来日を果たしたノエ監督に、1996年という時代設定の背景や、3度目のタッグとなったダフト・パンクのトーマ・バンガルテルとのコラボについて語ってもらった。

「自分が描きたかったものが1996年という時代にピッタリだった」

ーー今回の作品は1996年に実際に起こった事件にインスパイされているそうですね。1996年という時代設定にどのような思いを込めたのでしょうか?

ギャスパー・ノエ(以下、ノエ):1996年は今から約20年前ということになるけれど、そんなに昔という感覚にはならないよね。今のように携帯電話が普及する前の時代であるからこそ、このストーリーが際立つんじゃないかと思ったんだ。最近の映画の時代背景は、どれもそんなに違いがあるわけではない。一方、20年前はそこまで昔ではないけれど、今とはもう全く違う感覚。そういうことが、この映画を観た人に伝わるんじゃないかと思ったんだ。今は携帯電話があるから、どれだけ孤立しても、どれだけ危険な状況に陥っても、携帯を使って助けを求めることができる。だけど、1996年はそういう時代ではなかった。この映画は20年前の話だけど、これから20年後がいったいどういう状況になっているのかはわからない。20年後はそんなに遠い未来ではないけれど、人々の生活のあり方は著しく変化していくだろう。そういうことを考えながら、今回は自分が描きたかったものが1996年という時代にピッタリだと思ったんだ。

ーー今回の作品にはもちろん携帯電話は出てきませんが、映画の中で携帯電話を登場させるのにも懐疑的なのでしょうか?

ノエ:携帯電話は今や一般的なものになっているけど、僕は映画の中でそれを映すことにはそんなに魅力を感じない。ただ、時代設定が現代だったら、携帯電話を映さざるを得ないよね。そこはつねにジレンマに感じているんだ。なぜ映画の中で携帯電話を使いたくないかを説明するのは難しいんだけど、僕自身、実生活でも携帯電話をあまり使わないタイプだし、携帯電話をよく失くしてしまうこととも関係があると思う。携帯電話がない生活の方がラクだし、考えてみれば、携帯電話がない時代の方が世の中はシンプルだったからね。

ーーそれこそ今はスマホで映画を観る人も増えていますが、そこに対してはどのような見解を?

ノエ:スマホで映画を撮るのはいいと思うよ。昔のビデオのような感覚だよね。でも、スマホで映画を観るのは嫌だ。作品がかわいそうな気になってしまうんだよね。僕はインターネットは少しやるけれど、家にはテレビがないんだ。スクリーンがあるから、劇場で観て気に入ったものを、Blu-rayやDVDで買ってスクリーンで観たりする。やっぱり映画は大きなスクリーンで観たいからね。

ーー今回の映画は登場人物たちのインタビューシーンから始まりますが、テレビの横には『サスペリア』や『切腹』などの作品のVHSが並んでいましたね。

ノエ:あそこにあるVHSや本などは、1996年近辺に僕自身がよく観た作品や好きだった作品なんだ。僕はスタンリー・キューブリックの『2001年宇宙の旅』が大好きなんだけど、あの作品を初めて観たのは6歳とか7歳ぐらいの頃だった。だから、自分にとっての未来は、あの映画で描かれているものだったんだ。だけど、実際の2001年は、全くあのレベルに追いついていなかった。第二次世界大戦以降、世の中はそこまで大きく変わっていないけれど、“変化に影響を与えたもの”はある。それは、インターネットとピル。地球環境が変わったのも大きいね。その3つが、私たちを取り巻く第二次世界大戦以降の変化に影響を与えたものじゃないかな。30年後の世界がどうなっているかを考えた時に、僕らの世代が責任を取れないような時代になっているのではないかと危惧しているよ。

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