『あの花』が“回帰点”として心に残り続ける理由 「超平和バスターズ」の10年を振り返る
2011年4月、 長井龍雪(監督)、岡田麿里(脚本)、田中将賀(キャラクターデザイン)による『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』(以下『あの花』)のテレビ放送が始まった。あれからちょうど10年の歳月が流れたことになる。
『あの花』という作品のユニークネスはすでに第1話冒頭のシーンに凝縮されている。不登校の高校生・じんたんが、外を歩くリア充カップルに呪詛の言葉を吐きながらゲームに勤しむ中、5年前の事故で命を失ったヒロイン・めんまの幽霊が何の前触れもなく姿を現す。めんま=「あの日」の記憶は、空から舞い降りるわけでもなければ、特殊な効果音を伴いながらふわっと立ち現れるわけでもなく、物理的な嵩と重量を持った1人の少女として、突如、物語に“カットイン”してくる。当惑したじんたんは、めんまを「トラウマ」「ストレス」「幻想」と名指すことで合理的に理解しようとするものの、やがて、あなる、ゆきあつ、つるこ、ぽっぽら「超平和バスターズ」のメンバーをも巻き込みがら、否応なしに「あの日」の記憶へと引き戻されていく。
この印象的なめんまの登場シーンを補強するかのように、第6話と第9話を除くすべての話数でエンディングテーマ「secret base〜君がくれたもの〜」(以下「secret base」)がBパートのラストシーンに“カットイン”する。この曲は、脚本の岡田麿里をして「あの曲を聴いて『こういう作品なんだ』というのが分かった」(『月刊アニメスタイル』第6号、p.33、株式会社スタイル、2012年)と言わしめるほど、『あの花』という作品の方向づけに決定的な意味を持った曲だ。それは「秘密基地」の想い出、「さよなら」の切なさ、「10年後の8月」の再会への希望を歌った曲であると同時に、それ自体が『あの花』放送の10年前の2001年にリリースされた曲のカバーであることにより、“「あの日」の記憶”という作品のメッセージを幾重にも織り込んだ楽曲だったのだ。
かくして、めんまと「secret base」は、じんたん、「超平和バスターズ」の仲間、そして視聴者の心を不意打ちのようにして掴みとり、「秘密基地」というトポスに象徴された過去の記憶=「あの日」へと連れ去る。まるで紅茶に浸したマドレーヌ果子のように、僕らの意識の作用を凌駕しながら。
“号泣アニメ”と称される『あの花』の感情的作用の一端は、このような作品の構造から生まれている。ただし長井監督らによれば、企画当初はそこまで泣かせる演出を意識していたわけではなく、制作の過程で長井が発した「ベタに行こうぜ」という号令とともに徐々に泣きの演出に舵を切っていったということらしい(同書、p.33)。そしてこの号泣路線を加速させるきっかけとなったのが、先ほどの「secret base」の採用と、第1話放送後の視聴者の反応だった。長井は以下のように回想している。
「1話が妙にネットの評判がよかったという話を聞いて、そこには震災(の影響)があるんだろうな、と思って。[…]お客さんの心の中に、多分、素直に別のことで泣きたい、という気持ちがあるんじゃないのかって。[…]じゃあ、もっと加速をかけて、気持ちよく泣いてもらおうと思いました」(同書、p.39)
2011年の東日本大震災は『あの花』という作品の成立にとって大きな意味を持っていた。あの震災に限らず、人は一人ひとり、忘れられない「あの日」を抱えている。それは純粋に楽しかった思い出かもしれないし、大切な誰かの死が刻み込まれた思い出かもしれない。いずれにせよ、『あの花』を観る人それぞれの中に具体的な日付を伴った「あの日」があるからこそ、この作品はいつまでも“号泣アニメ”たりうるのだろう。『あの花』は、観る人をそれぞれの「あの日」に“回帰”させる強い引力を持った作品なのだ。
その後、長井・岡田・田中の3名は、「超平和バスターズ」という、それ自体が『あの花』の秘密基地を回帰的に示唆するユニット名を用いながら、『心が叫びたがってるんだ。』(2015年)、『空の青さを知る人よ』(2019年)を手がけていく。彼らはこの2作品の制作パフォーマンスにおいて、「秘密基地」を「山の上のラブホテル」と「お堂」へ転調させていく一方で、『あの花』でも舞台となっていた“秩父”というトポスを定点とし、“回帰(閉鎖)から離脱(解放)へ”というテーマ意識を明確にしていく。