イーストウッドはなぜ“実在の英雄”を描く? 『ハドソン川の奇跡』における“9.11”の影

『ハドソン川の奇跡』における9.11の影

 7月31日にフジテレビ系『土曜プレミアム』にて『ハドソン川の奇跡』が放送される。2009年1月15日に起きた、USエアウェイズ1549便の航空事故。ニューヨークのラガーディア空港を離陸してすぐにバードストライク(飛行機が鳥の群れと接触する事故の一種で、日本でも年間1000件程度発生している)によって両エンジンが停止。機長であった“サリー”ことチェズレイ・サレンバーガーの咄嗟の判断によって、飛行機はハドソン川に緊急着水する。乗客乗員計155名全員が助かったことから、後にこの出来事は邦題の“ハドソン川の奇跡”と呼ばれるようになる。

 サリーの決断力やすぐさま救助に向かった人々がいたことなど、いくつもの要因が重なり合ったからこそ起こり得た出来事ではあるが、これを安易に“奇跡”と片付けてしまうのはいささか無責任なように思えてならない。空軍パイロットを経て、何十年も人命を任されてきたサリーの技術力と、いかなるときでも安全を優先してきたその精神。2001年9月11日のあの出来事を経験したことから飛行機事故へ大きなトラウマを抱えながらも、助け合う心を忘れず、1人でも多くの人を救いたいと考えたニューヨークの人々の想い。もはやこれらは、経験から得た学びを最大限に活かし切った、当たり前の積み重ねに過ぎないのだ。

 クリント・イーストウッドがトム・ハンクスを“サリー”役に据えてこの出来事を映画化した『ハドソン川の奇跡』において、この歴史的な事柄はダイナミックなパニック映画にも、御涙頂戴の仰々しいドラマにもならない。そしてもちろん安っぽい再現ドラマの体裁も取ることなく、ただひたすら事故後の運輸安全委員会が設ける聞き取り調査の過程や、世論がサリーを英雄視していく空気感を描写しながら、サリー自身の中で生じる「自分の決断は本当に正しかったのか」という自問自答が繰り返されていき、そこで初めて映画的な見せ場ともいえる緊迫感のある事故当時を回想するシークエンスへと到着する。

 そしてコンピューターによる解析を用いて、他の選択肢、例えばラガーディア空港に引き返すことや近隣の空港に着陸することができたのではないかと主張する運輸安全委員会の面々に対し、サリーは副操縦士のジェフ・スカイルズと共に疑問を抱きながら、指摘を重ねていく。いくつかのファクトをひとつひとつ精査していきながら、空虚な“英雄像”に少しずつ輪郭を与えていく作業を見ることになるわけだ。それだけにクライマックスでさえも、鑑賞者が見させられるのは誰かがデータに基づいて淡々とシミュレーションを重ねていく映像を眺める、トム・ハンクスとアーロン・エッカートの姿にとどまる。



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