異色のアニメーション映画 『映画大好きポンポさん』はなぜ多くの観客の共感を集めるのか
ポンポさんがジーンを監督として見込んだ理由は、「目に光がなかったから」だという。成長する過程で満たされてこなかった人間こそが、もの作りにおいて深い表現ができるという見方だ。“社会不適合者”と言われ、映画館の暗闇に逃げ続けてきた人物だからこそ、逆に映画製作では輝けるという一種のカタルシスが、本作の魅力の核となっているのである。
実際には、映画監督が撮影現場で多くのスタッフを指揮する立場である以上、社会に適合できないことは、克服すべき課題になりこそすれ、そのこと自体が才能を示す尺度にはなり得ないのが現実だ。現時点で主人公のジーンは、むしろ専門のエディターとしての適正の方が高いのではと思える。しかし一方で、軽んじられている存在が努力を重ねることで偉大な存在になっていくのは、少年漫画の定型であり、漫画の側から映画製作を咀嚼することで、本作は青春や熱血的な要素をとり込んだアニメーション作品としての立ち位置を得ているといえよう。
洋画の要素が、日本の漫画やアニメーションの文脈に落とし込まれる。その意味で本作は、映画のコアなファンよりも、むしろ実写映画にそれほど触れていない観客に、映画外の視点から映画の魅力を伝える入り口になっているのだ。その意味で本作は、同じく漫画をアニメ化した近年の諸作品、例えば海釣りを題材とした『放課後ていぼう日誌』や、ジムでのトレーニングを題材とした『ダンベル何キロ持てる?』などと近い作品だといえる。一つ異なるのは、“実写映画”という媒体が、ビジュアルとストーリーを伝えるものであるという点で、漫画やアニメーションの役割に非常に近いことだ。だからこそ、作品作りに命を懸けるという姿勢が、リアルな切迫感をともなって描ける。多くの観客の共感を集めたのは、ここを丁寧に描いているからだろう。
とくに近年、日本では洋画作品への注目が弱まり、ハリウッドスターや海外の映画監督についての話題が、以前ほど興味を持たれなくなってきている傾向にある。これは、洋画のレベルが下がってきているのではなく、TV局の事情による洋画のTV放送の減少や、趣味の多様化などによって、洋画の面白さを知る機会が減ってきていることが主要因であろう。
『映画大好きポンポさん』は、あくまでファンタジーであり、映画製作をリアルに描いた作品ではない。しかし、だからこそ現在のアニメーション作品を受容する日本の観客にとって、受け入れやすい内容になっているといえるのだ。もし、映画製作現場の現実的なエピソードを知りたければ、数え切れないほどの書籍や映像作品がある。漫画でも、『釣りバカ日誌』の原作者で、10年の助監督経験がある、やまさき十三の『夢工場』(画・弘兼憲史)がある。だが現在、そのようなものに触れる人がどれほどいるのかという点が問題なのだ。そのように考えれば、本作の絵柄や熱血展開は適切だったと判断できよう。
オタク文化では、自分の好きな領域に他の人を引き込むことを、“沼に沈める”と表現する。自分の愛する世界の魅力を人に説明することは、すでに沼に沈んでいる人々にとって至福の行為である。その意味で本作は、「映画沼」「洋画沼」へと観客を沈めようとする、一種の刺客といえる。そして、映画の魅力を噛み砕いて見せていく幸せに溢れた作品だといえるのだ。
■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter/映画批評サイト
■公開情報
『映画大好きポンポさん』
全国公開中
声の出演:清水尋也、小原好美、大谷凜香、加隈亜衣、大塚明夫、木島隆一
原作:杉谷庄吾【人間プラモ】(プロダクション・グッドブック)『映画大好きポンポさん』(MFC ジーンピクシブシリーズ/KADOKAWA刊)
監督・脚本:平尾隆之
キャラクターデザイン:足立慎吾
制作:CLAP
主題歌:「窓を開けて」CIEL(KAMITSUBAKI RECORD)
挿入歌:「例えば」花譜(KAMITSUBAKI RECORD)/「反逆者の僕ら」EMA(KAMITSUBAKI RECORD)
配給:角川ANIMATION
(c)2020 杉谷庄吾【人間プラモ】/KADOKAWA/映画大好きポンポさん製作委員会
公式サイト:https://pompo-the-cinephile.com/