北大路欣也演じる徳川家康の画期的な位置づけ 『青天を衝け』が描く本質を見失うことの恐さ
亡き徳川斉昭(竹中直人)と藤田東湖(渡辺いっけい)が広めた「尊王攘夷」の思想は、川路聖謨(平田満)が第12回で案じていたように、「長い時が経つうちに変異して、その熱に一旦侵されちまうとそうやすやすと収まらない流行り病」のように日本中を蝕み、第17回において慶喜曰く「呪いの言葉」になり果てた。
斉昭の諡号である「烈公」の名もまた同様ではないか。今まで描かれてきた悲劇の多くの根底に、人々の「烈公」への思いがある。不遇の斉昭の意図を汲んだつもりの水戸家中の者の凶行が、第9回における「桜田門外の変」であり、円四郎の死もまた、水戸家中の者たちの慶喜に対する「烈公の御子なのに」という感情からなるものだった。水戸藩士、および草莽の志士たちを中心に、死してなお強い影響力を持ち続ける「烈公」。
「烈公ならどうお考えになるか/烈公は今この世をどのようにご覧になる/天狗党は烈公・東湖の最後の望み。彼らの夢を何としてもこの手で」。第16回で悉く捕らえられた息子たちを心配するあまり錯乱する尾高兄弟の母やへ(手塚理美)が引きちぎろうとするのが、息子たちが崇める「斉昭を諸葛孔明に見立てた錦絵」であったのも印象的である。
しかし、その「烈公」は果たして実体を伴っているのか。竹中直人演じる徳川斉昭が、日本に対する頑なな思いを持つ一方で、妻と息子たちを愛し、息子の説得を受け政から身を引くことも考慮し、ただ水戸の未来を憂慮していた人物だったことを、視聴者は知っている。だがその頑なな思想のみが「烈公」の人となりとなり、死しても尚、多くの人々の命運を狂わせているのである。
さて、それぞれに烈公、東湖という偉大なる父親の息子という運命を背負わされた慶喜、藤田小四郎(藤原季節)は、討伐する側・される側として相対することとなった。そして、かつて同志として酒を酌み交わした人物・小四郎と向き合うことになるのだろう栄一と喜作。しかたなく総大将となった武田耕雲斎(津田寛治)の第17回終盤の表情といい、それぞれの割り切れない思いを想像するだけで、どうにも悲劇を予感せずにはいられない。
■藤原奈緒
1992年生まれ。大分県在住。学生時代の寺山修司研究がきっかけで、休日はテレビドラマに映画、本に溺れ、ライター業に勤しむ。日中は書店員。「映画芸術」などに寄稿。Twitter
■放送情報
大河ドラマ『青天を衝け』
NHK総合にて、毎週日曜20:00~放送
BSプレミアムにて、毎週日曜18:00~放送
BS4Kにて、毎週日曜9:00~放送
出演:吉沢亮、小林薫、和久井映見、村川絵梨、藤野涼子、高良健吾、成海璃子、田辺誠一、満島真之介、岡田健史、橋本愛、平泉成、朝加真由美、竹中直人、渡辺いっけい、津田寛治、草なぎ剛、堤真一、木村佳乃、平田満、玉木宏ほか
作:大森美香
制作統括:菓子浩、福岡利武
演出:黒崎博、村橋直樹、渡辺哲也、田中健二
音楽:佐藤直紀
プロデューサー:板垣麻衣子
広報プロデューサー:藤原敬久
写真提供=NHK