『半径5メートル』『ここぼく』勝田夏子CPに聞く “いま”を切り取る2作が生まれた背景
ストレートなメッセージは届かない人には届かない
――松坂桃李さんをキャスティングされた理由はどんなところだったんでしょうか?
勝田:彼は演技派なので何でもできるだろうなと思ったことは大前提なんですが、『ゆとりですがなにか』(日本テレビ系)、映画『彼女がその名を知らない鳥たち』の演技がすごく良くて、こういう役にも合うんじゃないかと思ったんです。
――松坂さんは演じるにあたってどんなことをおっしゃっていましたか?
勝田:まさに撮り始めようとしたときにコロナ禍となったので、「これ、本当に今起きていることですよね」と、狙いを十分共有して演じてくれました。実は最初にオファーしたとき、脚本が最後までできていなかったんですけど、「この人(真)は別に成長しなくて、最後まで情けないままでも良いんじゃないですか」と言っていたんですよ(笑)。俳優さんは、自分が演じる役についてどこかでちゃんと成長することを期待する人も多いんですけど、彼はすごく的確にキャラクターの持っている役割について理解する人なので、そういう懐の深さがあるんですよね。
――松重豊さん、國村隼さん、古舘寛治さん、岩松了さんなど、大学の役員の面々がまたすごいですよね。
勝田:そこは渡辺あやさんの脚本の力が大きくて、皆さん本当に面白がって演じてくださったので、役者さんたちのパワーが作品にしっかり出ていると思います。理事の面々があまりキャラ立ちしていないと、モブになっちゃうんですよ。でも、一人一人に裏設定を作りつつ、それぞれの俳優さんたちがご自身のキャラクターをしっかり作り上げて下さったお陰で、ただの会議のシーンがしっかりとエンターテインメントになったと思います。
――大学への取材は、どのように行ったんですか?
勝田:国立も私立も含めていろんな大学のいろんなポジションの方にお話を伺っています。ネタがネタなので、個別にアプローチしてこっそりお話を聞いた方もいます(笑)。私が取材し、渡辺あやさんにその情報を共有するかたちで進めたんですが、あやさんは直接会ってしまうと、その人の印象に左右されてしまうので、あえて他者が取材した情報を集めてそれを俯瞰して読み込みながら吸収するというかたちをとられていたんですよ。今回は特に、理事など執行部だけでなく職員、教員、ポスドク、学生など、いろんな立場の人の話が登場するので、それらをフラットに吸収するということを心掛けていらっしゃいましたね。
――役者さんも演出も魅力的ですが、やっぱり脚本がとにかく面白いです。
勝田:人間の描き方の厚みが魅力なんですよね。例えば第3話では、シンポジウムに来るリベラル系のジャーナリストがセクハラの素質があるとか、一人の人間をすごく多面的に描いているところ、弱さやズルさもある種の愛おしさを持って描いているところが深いなあと感じています。キャラクターに血が通っていて、場面によって見え方や人物の関係が逆転したりするようなダイナミズムも素敵だなあと思います。
――リベラル系のジャーナリストのセクハラに、神崎が効果的な一手を繰り出して、初めて周りから評価されるくだりは、すごく意外性があって面白かったです。
勝田:そうですね。真に関して言うと、最初の設定だけでなく、変化の描き方も良いんですよね。普通だと段々まっとうなことを言うようになりがちなのに、第3話で「意味のあることを言わないほうが良い」ということをものすごく熱弁するんですよね(笑)。
――熱っぽく語る真と、それを唖然として見る理事たちの対比の引きの画も素敵でした(笑)。
勝田:徐々に変わっていくんですが、入り口では主人公に全く感情移入できないということも、珍しいですよね(笑)。別に主人公に感情移入や共感ができなくても面白いドラマは作れるんじゃないかというところも、挑戦したことのひとつでした。また、日本ではブラックコメディというジャンルがあまりないので、皮肉をきかせながらちゃんと笑わせなきゃいけないし、笑わせながらも甘くなったり矛先が鈍ったりしてはいけないし、そういう塩梅は演出家もすごく繊細に考えていたと思います。そのためにもコメディだからといって作り物っぽくせず、世界観はあくまでリアリズムでやろうと、現場はとことんこだわっていました。チーフ演出の柴田岳志Dにとってのブラックコメディのバイブルは、スタンリー・キューブリック監督の『博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか』だそうで、久しぶりに見直して襟を正したそうです。
――“今ここにある危機”が描かれているわけですが、そこに“ぼくの好感度”を絡めたところがまた、素晴らしいですよね。
勝田:私は『今ここにある危機』という仮タイトルをつけていたんですが、そこに渡辺あやさんが『ぼくの好感度について』をつけようとおっしゃって。今は世論が分断されていて、あまりストレートにメッセージを届けようとしても、届かない人には全く届かないんですよね。そういう意味で、ちゃんとエンターテインメントをしながら、その中にあえて主人公として何ものにも染まっていない者を置いて、情けないけど親近感が持てるような描き方をする。それによって、中でいろんな立場の人がうごめいている様子を、角度を選びながら観られるという作りにしています。そこが渡辺あやという作家の発明だと思いますね。
「自分の頭でちゃんと考えていきたいよね」ということ
――ところで、『半径5メートル』では女性にとって非常に身近な話題や感情を、『ここぼく』では社会で起こっている不祥事や問題を描いていて、一見真逆に見えるんですが、実は根本の部分は共通するんじゃないかと感じています。同じモノをミクロとマクロの視点から見るような感覚というか。
勝田:この2作は、アプローチは違うけど、根本はつながっているというのはまさに意識していたことです。共通のメッセージとして描いたのは、「自分の頭でちゃんと考えていきたいよね」ということです。『半径5メートル』のほうは、風未香(芳根京子)がつい一面的にモノを見て記事を書こうとしてしまうところ、違う視点からいろんな面を見てみたら、ということを宝子(永作博美)が投げかけるスタイルで。こちらはコロナ禍となってから三島さんや橋部さんと話し合いながら企画を立てました。未曽有の事態で専門家もいろいろなことを言うし、何が本当かわからずみんな悩んでいる現状を背景とし、「だからこそ自分でちゃんと考えて判断することが大事だよね」という思いを込めています。一方、『ここぼく』は、言葉がないがしろにされている世の中ではあるけれど、言葉を大事にしていかないと社会は成り立たないですし、ないがしろにされている言葉を笑っているうちに「じゃあ、自分の喋っている言葉って?」と考えるきっかけになればと思っています。
――最後に2作の今後の見どころを教えて下さい。
勝田:『半径5メートル』では中盤の山場として、宝子の抱えている過去が描かれます。宝子がなぜ今のようなスタンスでものを見る記者になったのか、その秘密に迫ります。そして風未香も回を追うごとに成長していきますので、そこを注目していただきたいです。また、『ここぼく』はラスト2本が2話連続で、いよいよ本当にシャレにならない事態になります。当初、大学の施設からウイルスが漏れるという展開を予定していたんですが、こういう事態になってしまったので、アレンジしたんですよ。ただ、好感度とか忖度では太刀打ちできないような本当の危機が近づいてきて、ある意味で今のパンデミックの世に切り込む内容になっていきます。そこで登場人物たちがどうするのかに注目してほしいです。
■放送情報
土曜ドラマ『今ここにある危機とぼくの好感度について』
NHK総合にて、毎週土曜21:00〜21:49放送 ※4K制作
出演:松坂桃李、鈴木杏、渡辺いっけい、高橋和也、池田成志、温水洋一、斉木しげる、安藤玉恵、岩井勇気、坂東龍汰、吉川愛、若林拓也、坂西良太、國村隼、古舘寛治、岩松了、松重豊ほか
作:渡辺あや
音楽:清水靖晃
語り:伊武雅刀
制作統括:勝田夏子、訓覇圭
演出:柴田岳志、堀切園健太郎
写真提供=NHK
NHKドラマ10『半径5メートル』
NHK総合にて、毎週金曜日22:00〜22:44放送(連続10回)
作:橋部敦子
チーフ演出:三島有紀子
音楽:田中拓人
出演:芳根京子、毎熊克哉、真飛聖、山田真歩、北村有起哉、尾美としのり、永作博美ほか
制作統括:勝田夏子、岡本幸江
演出:岡田健、黛りんたろう、北野隆
写真提供=NHK