松坂桃李を“覚醒しない“主人公とした理由 『ここぼく』は“おとぎ話“から程遠い物語に

松坂桃李を“覚醒しない“主人公とした理由 『ここぼく』は“おとぎ話“から程遠い物語に

 NHKにて放送中の土曜ドラマ『今ここにある危機とぼくの好感度について』(以下、ここぼく)を観ていると、なぜか韓国映画『タクシー運転手〜約束は海を越えて〜』を思い出してしまった。

 時代も場所もまったく違うが、思い出したポイントとしては、『ここぼく』で松坂桃李が演じる主人公の神崎も、『タクシー運転手』でソン・ガンホが演じる主人公のマンソプも、最初は信念もなく自分と自分の周囲の平穏だけを願う一市民なのだが、彼らをとりまく状況の変化(すでにもう渦中におり、彼らにはピンときていないだけなのだが)を自身で感じ取り、次第に自分で考え、覚醒する瞬間が描かれている。

 いや、神崎の場合は、その瞬間が描かれそうで、なかなか来ない。

 神崎は、テレビ局のアナウンサーであったが、大学時代の恩師で現在は総長の三芳修(松重豊)から声をかけられ、大学の広報課に転職する。彼が転職話に乗ったのは、自分がアナウンサーとしての限界を感じていたこととも関係していた。

 神崎の特徴は、タイトルにもあるように、好感度を気にするがために、まったく内容のある話ができないということだ。内容のない話をする人は現実にもいるが、神崎の場合は、好感度を気にしないとやっていけないアナウンサーであるという事情もありつつ、それ以上に、余計なことを言って、事を荒立ててしまいたくないという、危機意識からきているようにも思う。アナウンサーでなくとも、誰もが発言ひとつで立場を追われかねない時代に、こうした人は珍しくないだろう。

 広報という仕事は、自分の意見を言う仕事というよりも、大学のことをもっと知ってもらったり、イベントをするときにそれを広める仕事であると思われているし、神崎も自分の意見を表明する必要のあるアナウンサーよりは、自分に向いた仕事であると考えていたかもしれない。しかし、大学に起こる数々の出来事に翻弄され、アナウンサーのときよりもはるかに大きな危機にさらされてしまう。

 そんな中、神崎は少しずつは変わっていく。最初に変わったのは、大学の教授によるデータ改ざん疑惑をポスドクの木嶋みのり(鈴木杏)が告発したことがきっかけだ。みのりとかつて交際していた(神崎にはその記憶がないのだが)神崎は、大学から彼女を説得するよう指示を受ける。

 しかし、何も考えていなかった神崎と違い、みのりは日本の科学研究にあるべき姿に戻ってほしい、そうでなければ日本の将来すらダメになってしまうという危機感を持っている。だからこそ、危険を承知で告発するという彼女の真摯な姿勢に撃たれて、少しだけ神崎にも変化が生まれ……そうだったのだが、それでも神崎はその話に撃たれるのではなく、説得できなかった自分に落ち度はないことを証明したがるだけであった。神崎に早く何かに気づいてほしい視聴者のひとりからすると、なかなかの手ごわさである。

 彼がその後、たまたま入った定食屋で見たワイドショーで、「すぐに都合よく成果が出て金になりそうな研究にだけ巨額な投資をするが、本来、研究とはすぐに結果が出るものではない」と語っているコメンテーターを見て、みのりの言っていることがほんの少しは理解できるようになるのである。このシーンが、『タクシー運転手』の中で、マンソプが食堂で麺を食べているときに光州で見た真実がゆがめられて報道されていることを知り、正義のために行動しようと目覚めるあの名シーンに重なるが、神崎の場合はそんなふうにうまくはいかない。

 しぶとく「自分は無能ではないと思われたい、好感度を取り戻したい」と利己的に生きていた神崎が、やっと少し変わる瞬間がある。論文不正に対する大学当局の対応を糾弾する会が発足し、その決起集会がみのりの実家のスナックで行われたときのことだった。神崎は、大学側からの依頼でその場で事が起こらないように派遣されるのだが、神崎自身の気持ちとしては、みのりを守るために自分がここにいたのだと勘違いしていたというシーンがある。誰かのために自分の意思で行動することは、神崎にとっては、大きな第一歩であったように思う。

 結局、みのりは何も変えられないまま次の職場で働くために東京を去ることになるが、みのりと出会ったことで神崎は、「この人に会うのに恥ずかしくないようにならなきゃな」と感じるようになったのだった。

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