“映画監督”土井裕泰の作家性 『花束みたいな恋をした』が描く“特別なことではない時間”

映画監督・土井裕泰の作家性

 『花束みたいな恋をした』の海岸デートの話に戻したい。このシーンには絹の内省的なモノローグが被さり、キャビネットに置き忘れた昔のビデオテープのように荒い色調を帯び、午後の光線が絹の横顔に抒情のフレアを射し込んでいる。デートに出かける朝、絹は愛読するブログ「恋愛生存率」の筆者女性が自殺したというニュースを発見して、バタートーストを床に落とす。海岸デートの幸福なカットが積み重ねられるなか、モノローグでは絹の醒めた声でブログの文が朗読される──。

始まりは、終わりの始まり。
出会いはつねに別れを内在し、
恋愛はパーティーのようにいつか終わる。
だから恋する者たちは、
好きな物を持ち寄ってテーブルをはさみ、
おしゃべりをし、
その切なさを楽しむしかないのだ。

 断っておくけれど、このシーンは映画のなかではほんの序盤のできごとである。「この恋を一夜のパーティーにするつもりはない」とブロガーが書いたのが1年前。その彼女が死んだ。絹はこの覚醒したモノローグを次のような言葉で締めくくる──。

私たちのパーティーは、
いま最高の盛り上がりのなかで始まった
というだけだ。

 パーティーはいつか終わる。映画を見る観客は、序盤にして冷水を浴びせられたのかもしれない。しかしだからこそ私たち観客も「いま最高の盛り上がりのなか」にあるこのパーティーを、ブロガーの言葉を使うなら「その切なさを楽しむしかない」。2020年から映画は始まるが、麦にも絹にもすでに次の新しい恋人ができている。そこから遡行して、2015年1月から愛のクロニクルが読み上げられていく。2015、2016、2017、2018、2019……こんな近過去がなんと遠く感じられることだろう。スクリーンを眺める私たちの時制は2021年。スクリーン上ではマスク生活とは無縁のパーティーが催されている。2021年の私たちは、遙か以前の古き良き時代を見るかのような視線をスクリーンに送るしかなく、私たちはバックミラーのなかの風景を見失う運命にある。

『罪の声』(c)2020「罪の声」製作委員会

 グリコ森永事件をモデルにした劇場型犯罪の35年後を題材とする犯罪ミステリー『罪の声』(2020年)は、土井裕泰監督のこれまでの流れとは様相を異にするが、時間の経過に目線を合わせていく点は共通する。どこかの一点で別の時間を生きていた線と線がふれて、しばしのあいだパーティーのテーブルを囲むことになる。『罪の声』の犯罪秘話の再調査も、前々作『映画 ビリギャル』(2015年)の偏差値35からの慶応大学受験も、『いま、会いにゆきます』の梅雨の季節に甦る竹内結子も、今回の「最高の盛り上がりのなかで始まった」恋愛も、いずれのあれやこれやはメメント・モリを内在させつつ、それを季節の巡りのように、監督の言葉を借りれば「特別なこと」ではないように戯れてみせることしかできない、という認識が横たわっているのではないか。

 監督本人は自作のフィルモグラフィーにそんな過剰な意味づけをすることはないだろうが、受け手である私たちとしては『罪の声』『花束みたいな恋をした』と新作2本を立て続けに観ることのできたいまの心境を、パーティーの戯れと同調しながらつぶやくことしかできない。永遠に続くパーティーは存在しない。この映画は2020年から始まり、2015、16、17、18、19年とクロニクルが辿られ、また2020年に戻ってくる。つまり、後片付け人の回顧のつぶやきでサンドイッチされているのである。そして最後に、パーティーの華やぎをとっておきのカットバックが、締めくくる。サンドイッチが未来へと分解していくカットバックが。背面/背面のブラインドによる、失われずに残っていた信頼感によるノールックのカットバックが。

■荻野洋一
番組等映像作品の構成・演出業、映画評論家。WOWOW『リーガ・エスパニョーラ』の演出ほか、テレビ番組等を多数手がける。また、雑誌「NOBODY」「boidマガジン」「キネマ旬報」「映画芸術」「エスクァイア」「スタジオボイス」等に映画評論を寄稿。元「カイエ・デュ・シネマ・ジャポン」編集委員。1996年から2014年まで横浜国立大学で「映像論」講義を受け持った。現在、日本映画プロフェッショナル大賞の選考委員もつとめる。

■公開情報
『花束みたいな恋をした』
全国公開中
出演:菅田将暉、有村架純、清原果耶、細田佳央太、韓英恵、中崎敏、小久保寿人、瀧内公美、森優作、古川琴音、篠原悠伸、八木アリサ、押井守、Awesome City Club、PORIN、佐藤寛太、岡部たかし、オダギリジョー、戸田恵子、岩松了、小林薫
脚本:坂元裕二
監督:土井裕泰
製作プロダクション:フィルムメイカーズ、リトルモア
配給:東京テアトル、リトルモア
製作:『花束みたいな恋をした』製作委員会
(c)2021『花束みたいな恋をした』製作委員会
公式サイト:hana-koi.jp

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