『おちょやん』若村麻由美演じる千鳥のモチーフとなる人物は? “鬼師匠”の裏側にある孤独
それは、山村千鳥が必死にもがいている不器用な人であるからだ。
千代には「8時間寝る」と言い放ち、じつは1人で深夜に稽古を重ねて、舞台上では完璧な姿を見せる。一座を立ち上げたのも、行き場をなくした女性たちが舞台に立つことで生活の糧を得られるようにするため。
千代になぜ役者になったのか問われた千鳥はこう答える。
「まったく別の自分に生まれ変わって、私を見下した世の中を見返してやるためよ」
芝居では誰にも負けないという自負の裏には、彼女の自己肯定感の低さと最後に頼れる人間は自分だけという哀しみが見て取れる。舞台の上で芝居をしているからこそ、人は自分に価値を見出してくれる、それを取ったら何も残らないと千鳥は自ら思い込んでいるわけだ。
しかし、闖入者ともいえる千代の出現で彼女の心に変化が生まれる。どれだけ厳しい仕事を与えてもそれらをクリアし、ひたむきに真っすぐな情熱をぶつけてくる千代に稽古をつける千鳥。これまで開けまいと必死に守ってきた彼女の心の扉が半分開いた。
そしてやってきた「正チャンの冒険」初日。千鳥に言われた通り、役の気持ちを考えるのでなく、ただ腹から声を出して場を沸かせる千代だが、クライマックスで大事な小道具、聖なる短剣を持っていないことに気づく。窮地に陥った千代は、それまで標準語で語っていたせりふをやめ、普段使っている関西の言葉でこう話し出す。
「山賊さん、僕と友達になろ。ほんまは寂しかったんやろ?」
「今までつらいことばっかりだったかもわからへんけど、大丈夫、だんない。きっとこれからはええこともぎょうさんある。そやさかい、みんな一緒に楽しい冒険つづけよう!」
これは勿論、正チャンとして山賊に語っているのだが、私には袖で舞台を見守っている千鳥に向けて千代が発した言葉のように思えた。ある種の虚勢を張りながら、じつは人とのコミュニケートに不器用で、つねに自らを追い込んでいる千鳥の孤独を千代は深いところで理解していたのだと。
史実によると、浪花千栄子はこのあと一座を離れ、映画の世界へと歩みだす。『おちょやん』の千代にも千鳥との別れが近づいているのか。このふたりの通常の師弟関係とはおもむきの違う丁々発止のやり取りを、もっともっと観ていたいのだが……。
■上村由紀子
ドラマコラムニスト×演劇ライター。芸術系の大学を卒業後、FMラジオDJ、リポーター、TVナレーター等を経てライターに。TBS『マツコの知らない世界』(劇場の世界案内人)、『アカデミーナイトG』、テレビ東京『よじごじDays』、TBSラジオ『サキドリ!感激シアター』(舞台コメンテーター)等、メディア出演も多数。雑誌、Web媒体で俳優、クリエイターへのインタビュー取材を担当しながら、文春オンライン、産経デジタル等でエンタメ考察のコラムを連載中。ハワイ、沖縄、博多大吉が好き。Twitter:@makigami_p
■放送情報
NHK連続テレビ小説『おちょやん』
総合:午前8:00〜8:15、(再放送)12:45〜13:00
BSプレミアム・BS4K:7:30〜7:45
※土曜は1週間を振り返り
出演:杉咲花、成田凌、篠原涼子、トータス松本、井川遥、中村鴈治郎、名倉潤、板尾創路、 星田英利、いしのようこ、宮田圭子、西川忠志、東野絢香、若葉竜也、西村和彦、映美くらら、渋谷天外、若村麻由美ほか
語り:桂吉弥
脚本:八津弘幸
制作統括:櫻井壮一、熊野律時
音楽:サキタハヂメ
演出:椰川善郎、盆子原誠ほか
写真提供=NHK
公式サイト:https://www.nhk.or.jp/ochoyan/