『さよならテレビ』から『空に聞く』まで 2020年のドキュメンタリー映画を振り返る

2020年のドキュメンタリーを振り返る

『ムヒカ 世界でいちばん貧しい大統領から日本人へ』(c) 2020「ムヒカ 世界でいちばん貧しい大統領から日本人へ」製作委員会

 10月2日に公開された『ムヒカ 世界でいちばん貧しい大統領から日本人へ』は、ウルグアイの元大統領、ホセ・ムヒカの思想と人生を描いた一作だ。今年はもう一本、『世界でいちばん貧しい大統領 愛と闘争の男、ムヒカ』というエミール・クストリッツァ監督によるドキュメンタリー映画があったけれど、こちらはムヒカと日本の知られざる繋がり、そして大統領職を退いたのち、2016年に来日したときの模様を描いているという意味で、我々日本人にとっては、より近しいものとなっている。ちなみに、その最後に映し出される、東京外語大で行われたムヒカのスピーチには、かなり感じるところがあった。周知の通り、「経済成長」を旗印に進んできた「資本主義」社会は今、大きな岐路に立っている。この先、必要なのは、新しい価値観なのではないか。そのヒントが、この映画のなかにある。それにしても、「世界でいちばん貧しい大統領」という呼称は、やはり少々引っ掛かる。「貧しい」とは、どういうことを指すのか……奇しくもその答えは、本作のなかでムヒカ自身の口から語られている。

『私たちの青春、台湾』(c) 7th Day Film All rights reserved

 10月31日に公開された『私たちの青春、台湾』も、かなり衝撃的なドキュメンタリー映画だった。台湾学生運動の中心人物と、台湾の社会運動に参加する中国人留学生……そんな2人の姿に「未来」を感じ、カメラを回し始めた若い女性監督が、彼/彼女たちと共に中国、そして香港を回りながら、確かに感じた「若者たちの力」と彼/彼女たちの緩やかな「連帯」。しかし彼女はやがて、大きな衝撃と共に、自らの内なる「思い」と向き合わざるを得なくなるのだった。この映画は必ずしも「成功」を描いた映画ではない。けれども、やがてそれぞれの道を歩み始めた彼/彼女たちの姿には、確かな「希望」があった。台湾、香港、中国、あるいはタイ……若者たちを中心に今、大きく揺れ動きつつあるアジア情勢のなかで、私たちは何を思うのか。何者でもない人たち……とりわけ若者たちの心を揺り動かす確かな力が、この映画には宿っているように思う。ドキュメンタリーではあるものの、今年観た「青春映画」のなかでベストと言える作品だった。

『空に聞く』(c)KOMORI HARUKA

 そして、最後に紹介するのは、11月21日に公開された『空に聞く』だ。2017年、被災した陸前高田で暮らす「種屋」の風変わりな主人に密着した映画『息の跡』で注目を集めた小森はるか監督が、実はそれと並行して撮影を続けていたという本作。今回彼女が密着したのは、陸前高田のコミュティFMでパーソナリティを務める女性だ。彼女の日常を淡々と捉え続けるカメラ。無論、その前段には、東日本大震災があるのだが……カメラは、あくまでも彼女の「現在」を捉え続け、彼女のまわりに広がる「世界」そのものを静かに浮かび上がらせてゆく。自身も陸前高田に移り住み、そこで暮らす人々を記録し続ける映像作家・小森はるか。決して何かを物語るわけではなく、そこに生きる彼/彼女たちを静かに見つめながら、まさしく映画でしかありえない奇跡的なショットをカメラに収めてしまう彼女の一連の活動は、「人物ドキュメンタリー」の在り方に新たな「ヒント」と「文体」を与えるような、とても画期的な試みのように思えた。

■麦倉正樹
ライター/インタビュアー/編集者。「リアルサウンド」「smart」「サイゾー」「AERA」「CINRA.NET」ほかで、映画、音楽、その他に関するインタビュー/コラム/対談記事を執筆。Twtter

■公開情報
『行き止まりの世界に生まれて』
監督・製作・撮影・編集:ビン・リュー
出演:キアー・ジョンソン、ザック・マリガン、ビン・リューほか
エグゼクティブ・プロデューサー:スティーヴ・ジェームスほか
配給:ビターズ・エンド
93分/アメリカ/2018年/英題:Minding the Gap
(c)2018 Minding the Gap LLC. All Rights Reserved.
公式サイト:bitters.co.jp/ikidomari
公式Twitter:@ikdiomari_movie
公式Instagram:@ikidomari_movie
公式Facebook:@ikidomari.movie

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