キム・ギドク監督の死から考えなければいけないこと これからの映画界をより良いものにするために

 2020年12月11日、韓国のキム・ギドク監督が新型コロナウイルス感染症によりラトビアの地で急逝した。ヴェネチア、ベルリン、カンヌの世界三大映画祭で、最高賞を含む賞を獲得したほか、世界中の映画祭を席巻した、規格外の映画監督である。

キム・ギドク監督

 これほどのキャリアを持つ映画監督の死去である。通常なら国を挙げて、その死を悼んだり、世界の映画界が大々的に弔意を示すはずだが、そのような動きはあまり起こってない。そればかりか、「私は追悼しない」と表明する著名人が複数現れるなど、異例の事態が生まれることになった。ここでは、そんな状況になった理由と、この事態が示す映画業界の問題について、彼の業績を踏まえながら振り返って考えていきたい。

 2020年は、『パラサイト 半地下の家族』が、アカデミー賞作品賞などを受賞した史上初の韓国映画となった年だった。その快挙を達成したのは、いまや韓国映画を代表する存在となったポン・ジュノ監督だが、それ以前から海外の映画賞で最も評価されていた韓国の代表的な映画監督といえば、キム・ギドクだった。とはいえ、彼は韓国映画界の発展とはそれほど関係なく、突発的に現れた異端的な存在だったといえよう。

 その作風はエキセントリックかつ鮮烈。『春夏秋冬そして春』(2003年)に代表されるように、暴力や性衝動という人間の“業”を、痛みとともに包み隠さずに描いた内容は、世界の映画祭で驚きを持って迎え入れられた。もともと画家を志してパリで活動し、映画製作についての知識があまりない状態で映画監督としてのキャリアをスタートさせ、当初はスタッフからバカにされることもあったというが、逆にそれが従来の映画演出の枠に収まらない異様な作風を生み出し、斬新さが衝撃を与えることとなったのだ。その受容のされ方は、日本でいえば北野武に似ている。

 例えば『うつせみ』(2004年)では、リアリティのある演出が続くと思いきや、荒唐無稽かつ魔法のようにファンタジックな映像表現が飛び出す。その突飛ともいえる演出は、映画の常識から外れていると同時に、映画ならではの表現にもなっていたといえる。

 また、街で見かけた女子大学生を暴力的に従わせ、罠にはめて売春宿で働かせる男を主人公とした『悪い男』(2001年)のように、男性の暴力衝動が女性に向かう様子を描くことも多い。だが意外にも、そんな暴力的な内容にもかかわらず、女性の観客にもファンが多かった印象がある。それはおそらく、『サマリア』(2004年)でも描かれたように、社会のなかで女性が受けている暴力というものを、見過ごさずにフォーカスしていたからかもしれない。

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