菊地成孔が語る、ホン・サンス監督のオリジナリティ 「“マイルド”ではあっても“ライト”ではない」

菊地成孔が語る、ホン・サンスの独自性

ホン・サンス作品にある“癒し”

――ホン・サンスは、今もキム・ミニと映画を撮り続けているようですが、今回ラインナップされている「キム・ミニ以後」の4作品の中で、菊地さんのおすすめを挙げるなら、どの作品になるでしょう?

菊地:やっぱり、『正しい日 間違えた日』は、相当いいですよね。ドロドロ感が少ないというか、ちょっとウキウキしているところがある(笑)。キム・ミニと初めて組んだ映画なので、どこか出会いの喜びみたいなものに満ちているんですよね。だから、厳密に言ったら、『正しい日 間違えた日』は、「キム・ミニ以前」のいちばん最後の作品と言えるかもしれない。『正しい日 間違えた日』以降の作品では、キム・ミニの扱いが、ちょっとドープになってくるから。でも、『正しい日 間違えた日』のキム・ミニは、出会ったばかりだからキラキラしているし、最後の終わり方はハッピー……大ハッピーではないけど、比較的穏当な終わり方をするじゃないですか。そこがめちゃめちゃいいんですよね。

――わかります(笑)。しかし、こうやって今、改めてホン・サンスの映画を順番に眺めていくと、いろんなものが見えてきますね。

菊地:面白いですよね。さらに、そのサブテキストとして、ロメールの映画を改めて観てみるのも、すごくいいと思いますし……まあ、できればブニュエルやゴダールにも手を伸ばし、ついでにチャヌクの『お嬢さん』も観るのだと(笑)。そこまでいけば、映画体験としては、相当豊かなものになりますよね。今、こういう世の中になって、どことなく鬱々としているときに、ホン・サンスとかロメールのような、社会性や時代性からまったく切れている映画を立て続けに観ることは、悪くないと思うんですよね。で、「ああ、俺も何か恋した気分になったわ」っていう(笑)。まあ、ただ恋をしただけではなく、痴話喧嘩までした気分になるから、観終わったあと、ちょっと疲れるんだけど(笑)。

――(笑)。ホン・サンスもロメールも、ただ単に「恋って素敵」みたいな映画ではないですからね。

菊地:そう。観終わったあと「俺も恋したい」とかいう映画じゃなくて、「はあ……俺も喧嘩したな」とか「あの言われ方、きつかったな」とか、いろいろ思い出すっていう(笑)。だけど、ホン・サンスの映画には、すごく癒しがあると思うんですよね。「まあ、いっか……」っていう気になる(笑)。韓国という国は、料理も激辛だし、基本的に刺激が強い国だと思うけど、そういう刺激の強さが、ホン・サンスの映画には、まったくない。ポン・ジュノの『パラサイト』だって、よくよく考えたら相当えげつないじゃないですか。暴力シーンひとつとっても、ナイフでぶっ刺したりとか。あんなの絶対、ホン・サンス映画にはないし。だから、ものすごくマイルドな韓国映画というか。

――とはいえ、じわじわと染み渡る感じは、どの作品もすごくあって……。

菊地:うん、染みるよね(笑)。だから、“マイルド”ではあっても“ライト”ではない。そういう意味では、昔の日本映画みたいなところがちょっとあるのかもしれない。小津安二郎の『東京物語』(1953年)だって、言ってしまえば、ドラマチックなことは何も起こらない映画じゃないですか。だけど、今やヨーロッパをはじめ、世界中の映画ファンに愛されている。ホン・サンスの映画も、それと近いところがあるのかもしれないですよね。

――なるほど。その指摘は面白いですね。

菊地:日本におけるホン・サンスの最大の不幸は、韓流ブームと並走しちゃったことなんですよね。今はだいぶ落ち着いたというか定着してきたところがあるけど、韓流が一時期社会現象ぐらいまで行ったときがあったじゃないですか。その頃にちょうどホン・サンスが出てきたんだけど、いわゆる韓流と呼ばれるものの中では、わかりやすい刺激みたいなものがちょっと少ないところがあって。そういう意味では、ちょっと“寝かし”が必要な作品だったのかもしれないですよね。

――幸か不幸か、あまり時代性を帯びてないというのもあるわけで……。

菊地:そうそう。多少寝かせても全然大丈夫っていう(笑)。だから、韓流でマーケットが潤っていたときにホン・サンスがキャリアを重ねたっていうのは、ある意味不幸なことではあるんだけど、今こうして韓流ブームがある程度落ち着いているときに、ホン・サンスの映画を改めてゆっくり観ることができるのは、とてもいいことなんじゃないかと思うんですよね。さっきの癒しの話じゃないけど、今はコロナ、コロナの世の中だし、やっぱりちょっと癒されたほうがいいんですよ(笑)。元気がある人はいいけど、どこ行ってもソーシャルディスタンスで、もうグッタリだよっていう人は、ちょっと癒されたほうがいい。そういうときに、ホン・サンスの映画は、すごくいいと思うんですよね。その真ん中に、痴話喧嘩っていうピリ辛が入っているところも含めて、ただのヒーリング映画じゃないですから(笑)。

>エリック・ロメールとホン・サンスを見比べできる”配信系ミニシアター”ザ・シネマメンバーズはこちら

■配信情報
『よく知りもしないくせに』『ハハハ』『教授とわたし、そして映画』『次の朝は他人』『正しい日、間違えた日』ザ・シネマメンバーズにて配信中

『夜の浜辺でひとり』
10月8日(木)より、ザ・シネマメンバーズにて配信

『クレアのカメラ』
10月15日(木)より、ザ・シネマメンバーズにて配信

『それから』
10月22日(木)より、ザ・シネマメンバーズにて配信

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「インタビュー」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる