『悪の偶像』は韓国ノワールの進化型!? ポン・ジュノに続く才能を持つイ・スジン監督の手腕

『悪の偶像』は韓国ノワールの進化型!?

 また、本作の重要な要素として登場するのが、韓国の国際的な売春組織の闇。良識的な市民ならば、そこで行われる人身売買に等しい状況に異を唱えるはずである。だが、そういったビジネスは、それが間違いであるという認識が社会に共有されているにも関わらず、現実的には一向になくならないのも確かなのだ。これは、社会そのものもまた、公然と悪の面を持っていることを表している。

 だが、本作が真におそろしい面を見せるは、さらにその先である。劇中で描いてきた、正義か悪かという問題。ここでは、さらにそれを覆い隠してしまう、ナショナリズムという要素も表れてくるのだ。国家という大きな価値のなかでは、真実はねじ曲げられ、悪すらも正義として許容されかねないところがある。その悪が、人の声を通して人々に媒介され、市民自体も悪や罪を共有していく場面は、圧巻であるといえよう。

 自分がその立場に陥ったら、果たしてどうするか。本作は、そんな問いを投げかけてくるだけでなく、あるいはもうすでに、自分がある種の“悪”に手を染めているのではないのかという疑問すら植え付けられるところがある。しかし、それは我々観客にとって重要な問いかけなのかもしれない。

 本作は、韓国だけの問題にとどまらない普遍性を持ち、あらゆるスケールの悪への葛藤を描いている。それを可能にしたのは、明晰で倫理的な社会観を持ったイ・スジン監督の能力にあるのは間違いない。彼は、残酷な描写や極限的な内容を、一つの共感できる論理のなかで的確に機能させることで、一種の社会学のような領域にまで作品を到達させているように感じられるのだ。それが、本作を韓国ノワール映画の進化型だとする理由である。

■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter映画批評サイト

■公開情報
『悪の偶像』
6月26日(金)シネマート新宿・心斎橋ほか全国順次ロードショー
監督・脚本:イ・スジン
出演:ハン・ソッキュ、ソル・ギョング、チョン・ウヒ、ユ・スンモク、ジョー・ビョンギュ、キム・ジェファ
配給:アルバトロス・フィルム
2019年/韓国/韓国語/144分/シネスコ/5.1ch/英題:Idol/日本語字幕:仲村渠和香子/映倫G
(c)2019 CJ CGV Co., Ltd., VILL LEE FILM, POLLUX BARUNSON INC PRODUCTION All Rights Reserved
公式サイト:akuno-guzo.com

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