窪田正孝、『エール』を成立させる主演としてのすごみ 裕一とシンクロする役者としての成長

窪田正孝、『エール』を成立させる主演としてのすごみ 裕一とシンクロする役者としての成長

 3月30日よりスタートした連続テレビ小説『エール』(NHK総合)が、折り返しに入ろうとしている

 『エール』の本来の最終回予定日は9月26日。6月27日をもって、放送が一時休止することから、日程はその分延期になると思われるが、物語としては第11週「家族のうた」で三郎(唐沢寿明)の死という一つの節目を迎え、演出もタイトルバックなし、ラストにスタッフロールが流れるという朝ドラ恒例の一端の“最終回”仕様であった。

 オムニバス形式の第12週では安隆(光石研)、保(野間口徹)、環(柴咲コウ)にスポットが当てられ、第13週「スター発掘オーディション!」では久志(山崎育三郎)がメインの週となる。これまでの朝ドラと比べても、より一人ひとりの登場人物に目が向けられている『エール』だが、もちろん3カ月にわたり、その中心で描かれてきたのが主人公・裕一(窪田正孝)の物語だ。

 いくじなしの意味を指す「ずぐだれ」と呼ばれていた裕一は、無邪気で、少し頼りない性格。そんな彼にとって、藤堂(森山直太朗)が言う「人よりほんの少し努力するのがつらくなくて、ほんの少し簡単にできること」が音楽だった。裕一にとって晴れの舞台となるのが、商業学校でのハーモニカ倶楽部の定期演奏会。今振り返れば、「好きなことで生きていく」その第一歩となった初のステージで、裕一は指揮を任される。

 タイトルバックのサビ前にて印象的に映し出されるように、『エール』における裕一の指揮者姿は今作のシンボルの一つでもある。後に、音と共に豊橋のホールで開く演奏会でも、裕一はタクトを握ることになるが、家族のために養子になること、倶楽部を辞めることを決意した、“最後”としての演奏会は、音楽に向けた情熱、心の奥底に押し込めた悲哀の感情が入り交じった名シーンだった。

 『エール』には、憔悴するほどに裕一が音楽の道に挫折するシリアスな場面が多々あるが、青年となった裕一、つまり窪田正孝にとって初めて訪れる悲しみの演技がこのシーンだった。「裕一を演じていると不思議と僕自身もその感覚にシンクロしていっています」とインタビュー(引用:窪田正孝が明かす、『エール』モデル・古関裕而とのシンクロ 「“愛情”を皆さんに届ける半年間に)の中で語る窪田は、「誰かを思って指揮をすると音は本当に変わるんだなと撮影を通して実感しています」と演じる上での心がダイレクトに音となって伝わると話している。

 『エール』のもう一人の主人公でもある音(二階堂ふみ)は、音楽の道を歩むことを決め上京する裕一の手を力強く引っ張っていく存在。“おしどり夫婦って感じとは違う”2人の夫婦の形は、互いに足りない部分を補いあう関係性でもある。音はコロンブスレコードとの契約書を手に、「救われたからよ。励まされたからよ。元気をくれたからよ。あなたに幸せになってもらいたいの。自分の人生を歩んでほしいの」と裕一の心にエールを送っていたが、そのアンサーと感じたのが、歌手の道か、母親になるか迫られた音に裕一が作曲家として声をかける場面だ。

 裕一は吃ることもなく、「君の夢は僕の夢でもある。君にもいつか僕の夢を叶えてほしい。僕の作った曲で君が大きな舞台で歌う。何一つ諦める必要ないから。そのために僕がいるんだから!」と音と同じ未来を見据える。すすり泣く妻を力強く抱き寄せる裕一に見たのは、夫としての貫禄を帯びた姿。やがて父となる大きく逞しい背中に、演じる窪田の成長をも感じさせた。

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