中村蒼、“推進力”として『エール』で主人公を導く 悲しい幕引きとなった鉄男の恋物語
中村の芝居で特筆すべきは、鉄男というキャラクターの芯の強さと繊細さの二面性をよく理解し演じている点だろう。まっすぐで曲がったことが嫌いな鉄男は、幼少期の裕一を救うこともあれば喝を入れることもある。それは大人になってからも変わらず、自分が正しいと思うことを貫く強さを持っていた。だが一度詩を書かせると、細やかな気持ちの揺れを掴むような繊細な文章を紡ぐ。中村はそんな鉄男の姿をバランスよく演じており、誰かに“寄り添い”背中を押すという鉄男の優しさを強く表現していた。キリッとした眉、力強い瞳と、裕一と比べるとややどっしりとした佇まいは、“福島三羽ガラス”の中での鉄男の立ち位置を物語っている。普段はあまり積極的に前に出るタイプではないという中村。そんな中村が表現する鉄男は、意志は強いが決して強引ではなく、“相手を思いやる気持ち”が非常によく表れている。
本作において、鉄男は主人公らを前に進ませる「推進力」のある役として描かれる。それは恋をしていた希穂子に対しても変わらなかった。「話がしたい」としきりに希穂子に伝える鉄男は、いつだって希穂子の気持ちの真実を知ろうとしていた。そして希穂子が“人のために嘘をつく”ところがあることにも気づいていた。実は音に足りなかった“言葉の裏に隠された本心”を読むことが、鉄男には自然とできていたのだ。
希穂子に対して“人のために嘘をつく”と指摘したことも、本当は嘘で固めて鉄男を遠ざける希穂子からなんとか本心を引き出したかったのだろう。この鉄男の恋物語は悲恋に終わったものの、音にとって大きなインスピレーションとなり、音は選考会でヒロインの座を勝ち取ることができた。そして鉄男自身にとっては希穂子への思いが歌詞へと昇華され、「福島行進曲」のレコード発売へと繋がる。鉄男の恋は芸の肥やしとなり、自身を含め裕一や音にとっても強い影響を与えることとなった。今は華々しいデビューを飾った真っ只中にある鉄男だが、この後裕一らと共に作詞家としてのキャリアを歩む中、どんな苦労が待っているかは計り知れない。そんな鉄男の人生を見守りたい。
■Nana Numoto
日本大学芸術学部映画学科卒。映画・ファッション系ライター。映像の美術等も手がける。批評同人誌『ヱクリヲ』などに寄稿。Twitter
■放送情報
連続テレビ小説『エール』
2020年3月30日(月)〜9月26日(土)
総合:午前8:00〜8:15、(再放送)12:45〜13:00
BSプレミアム・BS4K:7:30〜7:45、(再放送)11:00〜11:15
※土曜は1週間を振り返り
出演:窪田正孝、二階堂ふみ、薬師丸ひろ子、菊池桃子、光石研、中村蒼、山崎育三郎、森山直太朗、佐久本宝、松井玲奈、森七菜、柴咲コウ、風間杜夫、唐沢寿明ほか
制作統括:土屋勝裕
プロデューサー:小西千栄子、小林泰子、土居美希
演出:吉田照幸、松園武大ほか
写真提供=NHK
公式サイト:https://www.nhk.or.jp/yell/