毒々しくも優しい“歌舞伎町ファンタジー” 『初恋』は三池崇史が観客に送る人生への応援歌だ!

『初恋』は三池崇史が送る人生への応援歌

 三池崇史は何でも撮ってしまう職人監督だが、一方で愛すべき優しい物語を作る。そういうときの三池崇史の映画は、ちょっと首が飛ぶことはあれど、誰かへの応援歌であり、熱くて優しい浪花節だ。『初恋』(2020年)も、ベッキーがブチキレてバールを振り回し、内野聖陽がドスで人を叩き斬り、染谷将太がシャブでラリってしまうが、三池崇史なりの優しさが詰まっている。

 天涯孤独で無気力な、しかし若さと可能性を秘めたボクサーの葛城レオ(窪田正孝)は、ある日、突然に脳腫瘍が見つかって余命宣告を受ける。目前に迫る死に、ただ茫然として歌舞伎町を歩くレオは、何者かに追われている少女・モニカ/桜井ユリ(小西桜子)と出会う。レオは咄嗟にモニカを追う男を殴り倒すが、モニカは覚醒剤の幻覚を見てパニックに陥っていただけだった。そしてユリの背後では、悪徳刑事、ヤクザ、チャイニーズ・マフィアの思惑が渦巻いていて……。

 新宿歌舞伎町、それは最後のフロンティア……1990年代から2000年代にかけて、そういう時代が確かにあった。東洋一の歓楽街と呼ばれ、青龍刀事件などの実際に起きた血なまぐさい出来事によって“幻想”が付与されたのだ。歌舞伎町は多くの作家を刺激し、『不夜城』『新宿鮫』『殺し屋1』『HEAT-灼熱-』『龍が如く』『歌舞伎町の女王』などなど、いわば“歌舞伎町ファンタジー”と呼ぶべき作品を生み出した。ここまでメディアミックス(?)された街は日本では他にないだろう。

 そして三池崇史という映画監督は、歌舞伎町ファンタジーの巨匠である。先に挙げた『殺し屋1』(2001年)も『龍が如く 劇場版』(2007年)も手がけているし、『黒社会』シリーズ(1995年~)や、伝説の映画『DEAD OR ALIVE 犯罪者』(1999年)も舞台は新宿歌舞伎町だ。しかし2020年、現実の歌舞伎町には、もはや“あの頃”のような幻想はない。三池崇史もそのことは重々承知なのだろう。本作では何度もヤクザや抗争といったものを「もうそんな時代じゃないんだよ」と登場人物の口を通じて語らせる。ところが台詞とは裏腹に、物語は黒社会、暴力、痴情のもつれ、金、狂気、そして夜の街を逃げる人生がドン詰まった男と女と、ノスタルジーを感じるほどに“あの頃”の歌舞伎町ファンタジーの王道を進む。もちろん三池崇史らしさも全開。アクション、人体損壊、こてこてのギャグ、アニメシーンの挿入、予算不足を補う工夫などなど……。特に代表作の一つ『オーディション』(1999年)のセルフパロディにも見える「布」を使ったおぞましいシーンから、それを極々自然にギャグに繋げ、遂には暖かいシーンにしてしまう離れ業は三池崇史にしかできないだろう。

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