『酔う化け』の真摯な姿勢が誘う共感と感動 “やめられない”現実を人はどう乗り越える?

『酔う化け』の真摯な姿勢が誘う感動

 この映画の中で濃く描かれていたのは、やはり主人公のサキのように、どうしようもない環境の中で暮らしている人が、どんな葛藤を抱え、どんな風にそれを乗り越えるのかということでもあった。

 映画の後半で、日頃の深酒がたたって父親は病に伏してしまう。サキは、父親に対しての怒りをかなり強くぶつけるし、父親が亡くなってからも、やっぱり父親の行動は自分を傷つけたのだとはっきりと言う。最初ののほほんとした印象と一変して、映画の後半はシリアスな印象になるが、過酷な状況にいたことを妙に肯定して乗り切るよりも、怒りをちゃんとあらわにしていることのほうが、フィクションとして誠実に思えた。

 一方で本作には、冒頭に「化け物は私だったのかもしれない」という原作と共通するモノローグがある。個人的には、「化け物」は父親であって、サキが自分も「化け物である」と背負うことはないとは思うのだが、トシフミが依存症であったことを考えると、そのセリフには説得力があるし、またサキ自身が父親の死を乗り越えるためには、そう思ったほうが「生きていける」のかもしれない。

 生前、困らせるようなことをした人、遺恨を残した人が突然なくなってしまうと、残された人は、そのことに向き合うために自分を責めたり肯定したりと逡巡しないといけないことがある。劇中、父親の同僚・木下(浜野謙太)が、ケンカをしたままでトシフミが他界したことを後悔しているシーンがあるのだが、サキも困った父親だからこそ、自分の感じていた怒りや許しについて、より考えないと乗り越えられないということがあるのだろう。

 サキは、父を許さない気持ちを持ったまま生きていくことのつらさを、ある部分では責め、ある部分では認め、行ったり来たりしながら、少しずつ軽くしていくのかもしれない。また、友人・ジュン(恒松祐里)や妹・フミが手を差し伸べてくれて、そしてその手を握ってもよいのだと思えるシーンがあり、決してその状況は八方ふさがりではないとわかるのだ。コミック原作と映画を観た感覚はかなり違うし、映画では映画独自の救いを求めるような結末にもなっているのだが、それは、解釈を重ねた結果なのではないだろうか。

 本作のトーンは一貫して、おとぎ話のような雰囲気があるのだが、その中に描かれている気持ちは徐々にリアリティを増してくる。アルコールや恋愛など様々な問題を乗り越えてゆくサキを演じた松本穂香は感情の変化を繊細に表現しているのだが、特に冒頭と最後の表情には注目してもらいたい。その違いから、またさまざまな解釈が生まれるのではないだろうか。

■西森路代
ライター。1972年生まれ。大学卒業後、地方テレビ局のOLを経て上京。派遣、編集プロダクション、ラジオディレクターを経てフリーランスライターに。アジアのエンターテイメントと女子、人気について主に執筆。共著に「女子会2.0」がある。また、TBS RADIO 文化系トークラジオ Lifeにも出演している。

■公開情報
『酔うと化け物になる父がつらい』
新宿武蔵野館ほか全国公開中
出演:松本穂香、渋川清彦、今泉佑唯、恒松祐里、濱正悟、安藤玉恵、宇野祥平、森下能幸、星田英利、オダギリジョー、浜野謙太、ともさかりえ
監督:片桐健滋
脚本:久馬歩(プラン9)、片桐健滋
原作:菊池真理子『酔うと化け物になる父がつらい』(秋田書店刊)
制作プロダクション:CREDEUS
制作:よしもとクリエイティブ・エージェンシー、MBS
製作:「酔うと化け物になる父がつらい」製作委員会
配給:ファントム・フィルム
(c)「酔うと化け物になる父がつらい」製作委員会
公式サイト:http://youbake.official-movie.com
公式Twitter:@youbake_movie
公式Instagram:@youbake_movie

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