『ドクター・スリープ』に見る、マイク・フラナガン監督の魔術的ストーリーテリング
フラナガンとキングとの邂逅は『ジェラルドのゲーム』と思うかもしれない。だが、そうではない。『サイレンス』に登場する作家の書棚には『ミスター・メルセデス』の原作本がヒッソリと置かれているのだ。そう、実はフラナガン、幼い頃からキングを愛読してきたバキバキのキングフリークなのである。だから『ジェラルドのゲーム』では自身のキング愛を爆裂させている。登場する犬の名前は「クージョ」だし、夢の中に登場する女性の名前は『黙秘』(1995年)のドロレス・クレイボーンだ。いわゆる「小ネタ」大好きっ子なのだ。小ネタというと“ユニバース”(別作品がそれぞれ同一世界で展開されているという設定)がある。それは『キャッスルロック』(2018年)を観れば分かるとおり、キングも得意とするところ。そしてフラナガンも“ユニバース”を創り出している。例えば『オキュラス~』の鏡は『ウィジャ ビギニング~』の地下室に置いてあるし、さらに鏡の枠は『ジェラルドのゲーム』のベッドのヘッドボードに使われている。キングのファンであり、かつ共通点をもつフラナガンが、キング作品の映画化で失敗するはずがないのだ!
閑話休題。実は問題はもう一つある。『ドクター・スリープ』はホラー小説ではないのだ。特殊能力“シャイン”を持つ少女アブラと子供の魂を吸って生きながらえる“真結族“との戦いを描いたアクションファンタジーなのである。『シャイニング』から40年経ち、アルコール依存の問題を抱え、“シャイン“を封印して孤独に暮らすダニーは狂言回しの立場にある。『ドクター・スリープ』を書き下ろしたことにより、『シャイニング』は、ただの前日譚でしかなくなってしまったのだ。キングが「映画版『シャイニング』を原作もろともぶっ壊す!」と言わんばかりに書いた、この『ドクター・スリープ』の設定には『シャイニング』の多くの原作ファンがズッコケたのだが、マイク・フラナガンは見事、『ドクター・スリープ』を映画、小説双方の続編かつホラー映画として描くことに成功した。
パンと回転を多用する自由自在なカメラワークでアクションをド派手に演出。そして現在と過去を同時に一画面に収める手法を使ったサスペンスフルな“真結族”との対決シーン。ジャックと成長したダニーの会話や、双子姉妹、237号室の女などの亡霊の再登場を通して、オーバールック・ホテルを見事に蘇らせるシームレスな現実と幻覚の表現。加えてダニーとアブラの関係は、かつてキューブリックが描けなかったジャックとダニーの関係を彷彿とさせる。
さらに、随所に散りばめられた小ネタは徹底的にキングユニバースを構築。ダニーが“ドクター・スリープ”として初めて能力を使う部屋の番号は217(原作での237号室に該当する番号)、真結族に誘拐される野球少年の背番号は19(キングのライフワーク『ダークタワー』シリーズで何かにつけて登場する番号)だ。探せばまだまだ見つかるが、オマケとして『オキュラス~』の鏡までブチ込んでくるのが心憎い。
このキング愛に満ち、原作よりもホラー度が強い内容、そして『ミスト』(2007年)なみに改変されたラストに、キング自身も「これならOK!」と太鼓判を押した様子。映画版、原作双方の続編として製作された本作を認めたということは、キングは映画『シャイニング』へかけた呪いを解いたということなのだろうか? それとも、キングの魂はオーバールック・ホテルに未だ囚われたままなのだろうか?? 果たして???
■ナマニク
ライター。ZINE『残酷ホラー映画批評誌 Filthy』発行人。『映画秘宝』にて「ナマニクの残酷未公開 Horror Anthology」連載中。単著に『映画と残酷』(洋泉社)がある。2011年シッチェス映画祭に出展された某スペイン映画にヒッソリと出演している。
■公開情報
『ドクター・スリープ』
全国公開中
原作:スティーヴン・キング『ドクター・スリープ』(文春文庫刊)
監督・脚本:マイク・フラナガン
出演:ユアン・マクレガー、カイリー・カラン、レベッカ・ファーガソン
配給:ワーナー・ブラザース
(c)2019 Warner Bros. Ent. All Right Reserved
公式サイト:www.doctor-sleep.jp