ビートルズを巧みに使ったヒップホップ映画 『イエスタデイ』で描かれた「Let It Be」のテーマ

ビートルズを巧みに使ったヒップホップ映画 『イエスタデイ』で描かれた「Let It Be」のテーマ

 ジェイ・Zやチャイルディッシュ・ガンビーノがいて、ザ・ビートルズがいない世界。それを想像するだけでワクワクする。もし彼らが存在しなかったなら、ジャズはもっと広く聴かれていたかもしれないし、現代のロックをはじめとした音楽やミュージシャンのあり方が違っているはずだ。ヒップホップもビートルズなしではどうなっていただろう。きっとジェイ・Zもチャイルディッシュ・ガンビーノも微妙に違う形で音楽を生み出しているに違いない。

 この奇妙な世界を舞台にした映画が『イエスタデイ』。劇中はビートルズの名曲が物語を彩るが、どの曲も主演のヒメーシュ・パテルの演奏によりオリジナルとは違う質感になっている。「Help!」に至ってはアッパーな8ビートのパンクで演奏され、驚きとともに納得してしまった。この並行世界では我々がイメージする音楽が流れることはありえず、この曲もパンク調の解釈に至る可能性は十分にあるからだ(厳密に言うと、パンクが今のパンクになっていたかも怪しいが)。もし我々の世界との共通項があるとすれば、それはビートルズ以前の音楽のみ。ファンは違和感を覚えるかもしれないが「今ビートルズの楽曲が新曲として発表されたら?」と考えると、これこそがリアリティなのではないか。

 とすると、物語中の楽曲で最も違和感をもたらすのはビートルズの曲ではなく、エド・シーランの「Shape Of You」と言うべきだろう。ビートルズなしにはクイーンやレディオヘッドらにつながるUKロック史も異なっているはずで、さすがのエドもそのパラドックスからは逃れられない。さすがに彼自身はビートルズを知らない設定なので良いとしても、ここで流れるべきは本来ダブステップやレゲエなど(要するに変化があれば何でもいい)多少の違いを含んだ「Shape Of You」であるべきだった。しかし、この曲が不意に2つの世界をつなぐ。当場面は笑いが起きるシーンだが、音楽的な時空の歪みによってメタな違和感が最も生じる瞬間でもある。

 また映画の大きなテーマとなるビートルズ楽曲として、タイトルに冠された「Yesterday」だけでなく「Let It Be」も挙げなければならない。この2曲が冒頭に配置されているのは偶然ではなく、歌詞が主人公・ジャックの未来が暗示している。「Yesterday」については映画を観てもらえば理解できると仮定して、対旋律として響く「Let It Be」について言及したい。

 唯一ビートルズを知るジャックの栄光と葛藤は、他人の作品で自分を偽ることによって生まれる。それは彼が「Let It Be(ありのままに)」をサビすら歌えないシーンに象徴されていた。最後までこの曲はきちんと歌われることはない。「ありのままに」の演奏を邪魔するのはアイフォンの着信音やくだらない会話だ。これは日々スマホを握りしめ、誰かのSNSの投稿や「いいね!」に一喜一憂し、「ありのまま」を妨害されている我々の生活である。

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