渡辺えりと小日向文世が輝きを与える 『私の恋人』で示した“何者にでもなれる”のんの現在と未来

“何者にでもなれる”のんの現在/未来

演劇界の大きな希望、渡辺えりと小日向文世

 上田による原作は、非常に観念的かつ難解なものであった。しかし渡辺の脚色によって、“家族”という、言わば普遍的な最小単位の共同体が登場することで、それは社会の縮図をも意味し、「私」という存在はより際立つこととなった。主人公の「私」とともに、未だ見ぬ「恋人」を探すという途方もない旅の途上、私たちは“彼ら”の記憶へとアクセスし、そして観客各人の記憶ともコネクト、やがて混線する。他者の体験と自身の体験とが交錯してしまう様は、舞台上で繰り広げられていた“壮大な「人生」”とも重なる。『私の恋人』は、演劇の醍醐味をもってして、そう示したのだ。

 のんのポテンシャルが花開いていくさまに歓喜し、それに水を与え、輝きを与える太陽ともなったのは、やはり大先輩である渡辺、小日向の存在なのだろう。私たちが憧れ、その背を見つめてきた彼らとともに、俳優として生まれ落ちた瞬間から見守ってきた次世代を担う存在が並走していることは、たいへん頼もしく、また演劇界の大きな希望ともなるはずである。

 オフィス3◯◯の次回公演は、「女々しき力」と題された、女性の劇作家、演出家が集い、新旧の「女性」の生き方を表現した作品を連続上演するものの中で、2017年に上演された『鯨よ!私の手に乗れ』を再演する予定なのだという。老年となり、介護施設に入所している老人たちが、若い頃に上演できなかった舞台を上演するというストーリーだ。初演時のチラシとポスターは、のんが絵を描いている。劇中の大きな鍵になる絵だ。この再演では、まだ誰が共演・競演するのかは不明だが、今回ののんのように、次世代を担う存在が大いなる可能性を見出だせる場になるであろうことも、楽しみの一つである。

■折田侑駿
映画ライター。1990年生まれ。オムニバス長編映画『スクラップスクラッパー』などに役者として出演。最も好きな監督は、増村保造。Twitter

◼︎公演情報
『私の恋人』
脚本・演出:渡辺えり
原作:上田岳弘「私の恋人」(新潮社)
出演:小日向文世、のん、渡辺えり、多岐川装子、松井夢、山田美波、那須野恵
主催:オフィス3○○
(C)NB Press Online

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