菊地成孔の『アベンジャーズ/エンドゲーム』『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』評: <第二経済>としての<キャラクターの交換>を前に我々ができることは、<損得>だけである
さて、いきなりだがスパイダーマンは(*以下100%ネタバレ)
第一には青春学園モノ、第二にはややコミカル。というジャンル設定が振られている。散文の歴史の中で、小説や詩よりも早く成立した戯曲の段階で、ギリシャ文明が、ドラマトゥルギーを「悲劇」「喜劇」に分離する(音楽の長/短調分離と統合は、遥かに後のオーダーである)という断行すら感じさせる設定のフィクスも、キャラクターのトレーディングに含まれる事は間違いない(『インフィニティ・ウォー』でのスパイダーマンは「スパイダーマンなのに悲壮」という交換によって剰余価値が生じた)。
とまれ、いかな学園モノのコミカル系とはいえ、人類の半数がいないまま5年が経過し、そこに、消えた人類が、ごと全員一挙に戻ってくる。という、普通に考えても地球の一大事(というか、それを巡ってアヴェンジャーズは命懸けの総力戦を行なったのである。つまり『エンドゲーム』に至る動機そのものである)を、体育館でバスケをやってる最中に、マーチングバンドがいきなり現れて、ボーリングのピンのように倒れまくる。というギャグと、「5年前は鼻血出して泣いてた弟が、今やイケてる兄貴に」という設定と、それを紹介してるのが学園内のユーチューブチャンネルの番組、というオチで終わらせてしまって良いのだろうか?
人類の半数がミッシングパーソンになって5年が経過したら、政治も経済も大混乱を来すし、増してや彼らがある日、いきなりビヨーンと現れたりしたら、再婚していた人はどうなる? オフィス管理はどうなる? 政財界は、マスメディアは、通信や土木はどうなるのだ。一切描かれない。
殉死したアイアンマン、トニー・スタークの会社であるスターク・インダストリーズに反分子がいて、トップの死後に決起しても良い、彼らがアヴェンジャーズ全体の殲滅を図ろうと、そんなものは娯楽劇の骨法であろう。
しかし、彼らの主武器はドローンとホログラムであり、これをミクスチャーする事でスパイダーマンを陥れる。それも宜しい。「VFX凄いけど毎回同じだ」と揶揄する者は愚者である。ゴダールの作品に「毎回同じだ」と言ってどうなる。毎回同じ物が見たい者に、トレーダーとして損益計算上、負けただけだ。今いきなり告白するが、筆者はマーベルのマニアである。あらゆる方法を駆使して、全作品を見ている。その一人として言わせてもらうが、「毎回同じ」であることに気づくのは、いつでも観終わった後である。毎回毎回、手に汗を握って、初めて観る画像であるかの如き興奮を感じている。トレーダーの才能があるのであろう。
しかし、そんな有能なトレーダーでさえ、「じゃあさ、最初のヴェニスの運河崩壊は、全部ホログラムな訳? 建造物破損はドローンの大群がホログラムに隠れて代行しているとしても、スパイダーマンの動きはリアルなわけでしょ? なんか全然わかんねえわ。そもそもホログラムとVRの差がちゃんとついてないように思えるんだけど、、、、」と思うのである。観終わった直後に。大変な満足感と興奮とともに、設定の曖昧さ、というか、物語の重力を狂わせるほどの御都合主義に苦言を呈するのである。二度言うが、大変な満足感と興奮とともに。
ヴェニスの破壊はホログラムだが、ロンドン塔は実際に破壊される。ハッピーやMJは鋼鉄製の武具が、鋼鉄製の展示ケースに入れられている部屋に雪隠詰めになる、殺傷性の高い、凶暴なドローンが一機、さる事情によって自動操縦となり、じゃによって彼らは間一髪で射殺を免れ、最終的にはドローンを破壊する。クライマックスのサスペンスである。
しかし、いかな手動運転に切り替えたとはいえ、ドローンの目的は、機械的な殺戮でしかない。「あのまままっすぐドン突きまで飛ばして、180度回転して、というか、あのまま回転しながら射撃してドン突きまで行けば、簡単に全員を殺すことができたんじゃない? なんで処刑みたいに、一人ずつを、発見確認してから撃たなきゃいけないわけ?」としか思えない。思えないが、なんの不満もない。不満を感じたものは敗者だ、と言うより、損失を出したのである。経済活動で。
『スパイダーマン ファーフロムホーム』が一番似ているのは『リトル・ロマンス』だろう。これは修学旅行(観光)映画だ。恋と修学旅行。途中に凄まじい吊り橋効果もある恋と観光映画である。MJの可愛さはハンパない。素直な好青年と、屈折してクールな美少女のキス。キスひとつにストーリー全体が持って行かれ、そのことへの不満は、ある者にはあるが、ない者にはない。MJとピーター・パーカーへの株価設定、恋の喜びがストーリーの中でどれぐらい強い効果を上げるかの価格設定。それがあるだけだ。この2人がキスをする。その事にいくら投資するか? それだけである。