『ホットギミック ガールミーツボーイ』徹底解説! 山戸結希監督が確立させた“新しい映画表現”
文法を破る山戸結希監督の新たな表現
そんな本作を監督したのは、『おとぎ話みたい』(2013年)、『溺れるナイフ』(2016年)など、“女の子”を主人公にした作品で、圧倒的な表現力を発揮してきた山戸結希監督だ。哲学科を出ているという経歴が示すように、これらの作品には、やはり本作同様、恋愛感情などの繊細な感情をすくい上げながら、“どう生きていくか”を模索していくような作風を持っている。そして彼女にとって重要なのは“女の子”という大テーマである。(参考:「力強さのベースにある“女の子”の感性とテーマ 山戸結希監督の才能の謎に迫る」)
とくに本作の演出面で圧倒されるのは、最初から最後まで途切れることなく緊迫感が持続していくというところだ。多くの映画作品では、落ち着いたり盛り上がったりを繰り返すのに対して、本作はシーンが切り替わっていくのにも関わらず、途切れるところがないのだ。まるで、渦に飲み込まれ、溺れながら落ち続けていくように感じられる圧倒的な鑑賞体験だ。
これを生み出しているのが、特異な撮影や編集である。静止したカットは、長くとも3秒ほどしか続かず、それ以上の長さのショットでは浮遊するようにカメラが動き続ける。そして、人工的で閉塞感を感じさせる豊洲や、人間的な欲望の象徴となる渋谷の風景が映し出され、ときに静止した写真画像が唐突に挟み込まれていく。このめまぐるしさが、一つのシーンを無数に分断しているため、そうやって構成されているいくつものシーンが、逆にシームレスにつながっているような錯覚を与えるのだ。
連続して映し出されるカットは、カメラアングルもめまぐるしく変化し、人物の位置関係が反転するなど、従来の映画の撮影ではやらないような“文法破り”をやすやすとやってのける。とはいえ、それはでたらめにやっているわけではなく、被写体が魅力的に見えるアングルを選んだカットが重ねられている。そこから与えられるのが、目が覚めるような鮮烈な印象だ。
この手法こそ、まさに少女漫画的手法といえるのではないだろうか。少女漫画は、とにかく見せたいものを大きく、前に出すことを優先させ、心理的なコマも多い。慣れない読者が読むと、コマを読む順番や、誰がどのセリフをしゃべっているかなどが、分からなくなることがある。しかし、そんな複雑なものをなぜ少女漫画のファンの多くを占める少女たちが理解できるのかというと、読者が主人公と同化して、作品世界のなかに没入する読み方をするためだ。そうすることで、作者の描く主人公の主観的な世界というものが読者の主観と重なり、“見せたいものを優先させる”構成でも、容易に理解できるのである。
手法としても少女漫画的だといえる本作の撮影や編集に慣れてしまうと、もはや従来の映画が、“分かりやすさ”という固定観念に縛られ、美しさを純粋に追いかけることができない、不自由で物足りないものにすら感じられてくる。
かつてフランスで、新しい映画の在り方を実践した映画運動「ヌーヴェルヴァーグ」の中心人物となったフランソワ・トリュフォー監督は、その新しい表現手法と、それまでの映画への批判によって、「フランス映画の墓掘り人」と呼ばれた。つまり、新しい表現を提供することで古い表現の作品を次々に墓場送りにしたのである。山戸監督はとくに他人の作品を批判するようなことはないものの、その作品の魅力によって、多くの映画作品を色褪せさせる力を持っているという意味では、近いものがあるといえるだろう。
独自の演出によって、新しい映画表現を確立させてしまった山戸監督に対し、果たしていまの日本に比肩できる映画作家が存在するだろうか。
手渡された“レインボーベーグル”
山戸監督の前作は、日本の若い女性監督たちを山戸監督が集結させたオムニバス映画『21世紀の女の子』(2018年)だった。その劇中で監督は、「女の子だけが本当の映画を撮れる」と、ショッキングともいえるような宣言をした。この、女の子だけが持つ自由な感性を至高のものだとする「女の子宣言」を実践したのが、本作の表現であり、テーマであると考えられる。(参考:「センセーショナルで深い意義があるオムニバス映画に 『21世紀の女の子』が意味するもの」)
そんな“女の子”の作る世界は、女性だけに向けられているものではない。本作では、桜田ひより演じる女の子が、上村海成演じる男の子に、ビビッドな色合いで練られたレインボーベーグルを手渡し、一緒にそれを食べることで気持ちを共有する場面がある。
誰もが初のように自分の足で立てる強さがあるわけではない。支えてくれる相手がほしいと願う女の子たちもいる。“男の子”は、そんな“切ない想い”を利用せずに、正面から向き合ってほしい、本作はそのようなメッセージをここで発しているように思える。
レインボーベーグルという食べ物は、ある意味で象徴的だ。鮮やかさそのものは、ほぼ味に影響することはないし栄養にもならないが、これを「かわいい」と思える精神に作用することで、はじめてそれは意味を持つことになる。レインボーベーグルやタピオカミルクティーを、“世の中に不必要なもの”と捉える人間も少なからず存在する。しかし、それを言うなら映画もまた人間の精神にだけ作用する嗜好品である。分け与えられたレインボーベーグルは、“女の子”の願いや精神が込められた本作そのものでもある。それを受け取るのは、われわれ観客すべてである。
■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter/映画批評サイト
■公開情報
『ホットギミック ガールミーツボーイ』
全国公開中
出演:堀未央奈、清水尋也、板垣瑞生、間宮祥太朗、桜田ひより、上村海成、吉川愛、志磨遼平、黒沢あすか、高橋和也、反町隆史、吉岡里帆
原作:相原実貴『ホットギミック』(小学館『ベツコミ フラワーコミックス』刊)
監督・脚本:山戸結希
配給:東映
(c)相原実貴・小学館/2019「ホットギミック」製作委員会
公式サイト:http://www.hotgimmick-movie.com/
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