『ゲーム・オブ・スローンズ』はなぜTV史上初のグローバル大作となったのか 時代背景とともに考察

『GoT』なぜ“TV史上初のグローバル大作”に

 2011年より始まり2019年に終わった『ゲーム・オブ・スローンズ』は、まさしく2010年代を代表するポップカルチャーであったし、この時代に新たなるヒットの王道を築いたとも言える。「TV史上初のグローバル大作」と謳われたこの映像大作は、この時代でないと到底成立しなかった代物なのだ。じつは、2000年代にも『氷と炎の歌』実写化案はあったが、それらの中身は「ジョンかデナーリスどちらかを単一主人公に据えた大幅カット版の映画化」。もちろん全てご破算になった。創造主マーティンは、映画にするならば7作は必要だと考えていた。初作の興行収入が認められないと続編が動かない劇場映画システムでは不可能だった。何十時間もかけて大勢のキャラクターが思惑を絡ませ合い、複数のストーリーラインが同時進行する、ライト視聴にはまったくもって向かない映像作品……そんな構想を可能としたプラットフォームこそ、1シーズン10エピソード展開が可能な2010年代のTVドラマ産業、ひいては高予算と過激描写を可能とする有料チャンネルHBOだったのである。なにより、このときには、オーディエンス側の環境も整っていた。初見では主要キャラクターの認知すら困難なほどハイコンテキストなサーガは、ソーシャルメディアと相性抜群だったのである。「考察を繰り広げるオンライン・ファンダム」が『ゲーム・オブ・スローンズ』の活況を支えた。このドラマには、セリフどころか、衣装、髪型、小道具、背景、さらにはキャラが立っている場所にまで意味と伏線が巡らされている。原作と分岐する物語で「予想できない展開」が重なれば重なるほど、TwitterやRedditは考察合戦が燃え上がった。世界同時配信方針も功を成して、世界中のファンが国境を超えて盛り上がりを共有し、その規模を拡大させたのである。この前代未聞で掟破りのドラマは、その複雑さにより、放送開始たった1年で『スター・ウォーズ』や『ハリー・ポッター』を超える「もっとも献身的なファンベース」を味方につけていた(Vulture選)。

 2010年代の終わりには、『ゲーム・オブ・スローンズ』のような膨大な情報量でファンダムに考察させるコンテンツは常態化する。たとえば、意味ありげな結晶や石碑が議論を呼んでいる『アナと雪の女王』続編トレイラーは、あからさまに『スローンズ』的な伏線の蒔き方だ。新作「You Need To Calm Down」MVでオンラインの話題を独り占めしたテイラー・スウィフトは「『スローンズ』の情報の出し方を参考にしている」と公言済み。そして、2010年代ハリウッドを代表するMCUシリーズは、19作目となる集大成『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』において『スローンズ』を参考にした4〜5ストーリーライン同時進行構成を採用し、ヒーローたちの勇姿と危機を描いてみせた。このメガ・フランチャイズとそのファンベースに関しては説明不要だろうーーつまるところ、2010年代最大のTVドラマと映画シリーズは、どちらも膨大な数のキャラクターと情報からなる複雑微細な物語を組み立て、考察に沸くファンダムの期待に応えるかたちで覇権を築いたのである。

 MCUインフィニティ・サーガと『ゲーム・オブ・スローンズ』が同時に終局を迎えた2019年春には、両フランチャイズについて多くのことが語られた。New York Timesの座談会では、2つの共通項として「ファンサービス」なる言葉が登場している。この表現は、『アベンジャーズ/エンドゲーム』においてはわかりやすいだろう。中盤で展開される「タイム泥棒」は、過去作を観てれば観てるほど面白く、逆に一見さんフレンドリーとは言えない、ファンへの贈り物のような内容だったのだから。このとびっきりの「ファンサービス」にMCUファンダムが歓喜と祝福に包まれたことは言うまでもない。一方、『ゲーム・オブ・スローンズ』は暗雲に覆われていた。そう、一番最初の話に戻ろうーーファイナル・シーズンは不評がつづき、オンラインでは作り直しを求める署名が100万に到達。ファンの予想を裏切ることこそ「ファンサービス」と評されてきた『スローンズ』は、最後の最後に「めちゃくちゃな展開」とバッシングされることとなったのである。なかでも議論を呼んだエピソード5は評価が定まるには時間を要するだろうが……監督を務めたミゲル・サポチニクは、その際の演出について興味深い見解をIndieWireに示している。

「私にとってあのエピソードはオーディエンス参加型のイベントでした。視聴者があれを望んだんですよ。あれこそ、あなたがたが望んだことでしょう。ファンたちは血に飢えていました。復讐や報復のためにね。それを体現したのがあのキャラクターなんです。私は、そのことが実際なにを意味するのか見せたかった」

 『エンドゲーム』とは対極の「ファンサービス」ではなかろうか。多くのファンを怒らせた展開は、まさにそうしたファンに宛てられていたのである。ファンダムと共にフィクションの常識を打ち破りポップカルチャーの「玉座」に登りつめたシリーズは、最後、ファンたちをも戦火に巻き込んだ。

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