菊地成孔の『月極オトコトモダチ』評:パロディぎりぎりの引用は罠だ。とんでもないオチが音楽恋愛映画に(笑)

菊地成孔の『月極オトコトモダチ』評

どんどんネタバレが確信に近づいていきます

 主人公のルームシェアの相手は、同年輩の友人の女性(芦那すみれ演。大変な好演。というか名演)だが、アマチュアのSSWであり、部屋にはキーボードが常設され、メロディが思い浮かんだら、その場でスマホのヴォイスレコーダーに録音するような、SSWなら誰でも持つ、しなやかな猫性を持った女性である。

 ちなみに、彼女が作成し、最終的にエンディングテーマ曲に至る楽曲(BOMIの単独曲と、入江陽との共作曲)の強度と、OST(入江陽)の強度は、もちろんリージョンが違うと言っても、どちらもプロフェッショナルな物ではなく、「そこそこ良いな」という魅力の片鱗と、冗長さや既聴感というノイズ、メロディや声の魅力に任せっきりの、細やかさに欠けるバックトラックによって、一番悪く言えばそこそこの音楽、一番よく言えば、今では何万人いるかわからない、潜在的なSSWの推し曲、というレヴェルを過不足なく忠実に描いた、という見事な仕事。ということができる。

カウントダウン入ります 3

 女性主人公と男性主人公は、とても素晴らしい契約関係に入る。雇用側の女性主人公の趣味は鉄塔の写真撮影であり、月額契約、つまり「月極オトコトモダチ」である男性主人公は、それはそれは見事に、しかも退屈も過剰な誘惑もしない、完璧なラインを踏んで、その趣味に付き合い(恐らく)、仕事のない週末は、給水塔写真撮影デートが続く(主人公は本職であるWEBマガジンにこのことを面白おかしくレポート連載しており、営利関係である限り悪事ではないが、恋愛関係があったら悪事。という二律背反の中にいて、それが劇中のサスペンスを支えている)。

2

 とーこーローが。である。なんと、こんな変わった副業を持つ男性主人公は、自らもアマチュアのSSWなのである。

1

 主人公はある日、風邪をひき、契約規範外である特熱出張で、自宅に看病に来てもらう。そして、SSW同士である、ルームシェア相手と、男性主人公は出会ってしまうのである。

 この設定がこの本作のすべてである。シンプルだが強い。やがて物語は、『逃げ恥』のリージョンを超えてゆく。男女関係に友情はあるのか? それを業務契約として職業化するというアクロバットは成立するのか? そんな、誰が考えたって、誰が実行したって結果が明らかなことは(このことの結果は、全く意外でもどんでん返しでもない。主人公は、本当の恋愛感情に取り憑かれ、あらゆるバランスを崩してゆく)、作中、少なくとも一度は後退/交代し、どうでもよくなる。

 描かれるのは、音楽を愛し、歌を作りながらも、このご時世、全く仕事に結びつかない。しかし、ラブソングが持つ魔法に魅入られた者による、魂からの共感である。文章で書くと大げさだが、「ああもう、キマっちゃったね」という感じの演技は素晴らしく、クールでドラスティック、ややデカダンですらある「月極オトコトモダチ」業の男性は、みるみるうちに、凛とした猫性を持つ女性SSWと、ホットな関係に入り、顔つきも変わってしまう。

 音楽を共作することは、愛の行為であり、利益を伴うかもしれないビジネスでもある。このことが、第一設定の「真の恋か仕事のお芝居か?」という普遍のテーマと入れ子構造になる。ひょっとしたらこのテーマは、共に恋の歌を作る関係の2者が始祖だったのかもしれない。とまで思わせる。恋の歌を作り、歌う関係にアダプトすると、二人からは性愛も友愛も蒸発してしまい、楽曲の中に2人の自我も欲望も溶け込んでしまう。ラブソングを作ることとは、それほどに愛の行為なのだ。

 主人公は、ルームシェアの相手に、あたかも寝取られたかのような格好になる。奇妙な三角関係は、一瞬瓦解するかのように見える。

0(もう読まないでください)

 主人公は荒れる。その共振関係によってルームシェア相手も荒れる。しかし、いきなりヤバい副業で食っていた彼氏は最賢者となり、主人公に提案する。

「作家になりたいんだろ? だったら、俺たちの曲に、詞を書いてくれよ」

 恋愛だったら苦悩の製造構造である三角関係が、そのまま、正常運転(作詞、作曲&ビートメイク、歌唱)になる。

 驚天動地のオチ。筆者は、これからMOOSIC LABがどれだけ長く続いても、これを超える構造を持ったオチは誰も作れないのではないかと思う(勿論、映画の優劣は、脚本に仕組まれた物語上のオチだけではない)。コピペで申し訳ないが、筆者は鑑賞しながら、声に出して「うおー、そんなんなんるの?!! びっくりしたあ!! やっベーなこれ!! うはははははははは!!」と、笑いながら叫んでしまった。

 そして、それは、次のアンバランスをもたらさず、ちゃんと正常に駆動するのである。ソングライティングの三角形が、他のリージョンの、全ての三角形によってもたらされる、あらゆるストレスを、構造的に消滅させてしまう。3人は、文字通りの3Pとして、3人で一つのオーガズムに向かって、平和的に、愛を持って協調するのである。

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「作品評」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる